きみ の とりこ に なっ て しま えば きっと。 君のとりこになってしまえばきっとこの夏は充実するのもっと

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きみ の とりこ に なっ て しま えば きっと

いつからこんなに…自分の気持ちを誤魔化せなくなったんだろう 隣を歩く香は、からんころんと涼し気な下駄の音を響かせている。 髪は「暑いから」と、先日シュガーボーイの頃に戻しているから、下品にならない程度に抜いた衣紋から白いうなじが艶かしく光る。 生成地に大胆に大きな麻の葉模様。 濃いめの浅葱の帯が、香の脚の長さと女らしいスタイルの良さを際立たせていた。 おれも普段は着ない浴衣に身を包み、色とりどりの提灯が下がる中、下駄の音を響かせて香の横を歩く。 「ね…ねぇ。 」 「んぁ?どした?」 「もうちょっとペース落としてもらえる?…脚 なかなか捌きにくくて。 それに下駄も鼻緒 が当たって痛いの。 」 たはは…と笑う香の顔はいつも通りなのに、浴衣のせいかやたらと艶っぽく見える。 思い掛けず気付いてしまった、自分の胸のツキンとした痛みに、香に気付かれないように目を眇める。 ああ、おれは…いつの間に、こんなに… 「すまん…足捌きも、女は大変なんだな… 浴衣」 裾を押さえてこちらを切なげに見遣る香に心の中がザワめいた。 夕暮れ時。 増える人波。 立ち並ぶ出店の間、立ち止まった香とおれに迷惑そうな顔をするカップルが通り過ぎる。 気付いた香が、ハッとした顔で脇に避けた。 「ごめん、獠…やっぱり普段歩きやすい格好 ばっかりしてるから。 こういう時ダメだよ ねえ、あたし。 」 ポソリと呟いて、含羞んだ。 香は依頼人の代わりに浴衣でイベントの司会を終えた後だ。 狙いの人物が、居るはずのステージに居ないことに激昂したストーカーが主催者側に噛み付いた所を見つけ出し、冴子に引渡して事件は無事に解決した。 帰り道。 せっかくお祭りムード満載で、質のいい浴衣も依頼料の一部として用意してもらえたし…と二人で下駄の音を響かせて歩いている。 「…ほら。 」 「え…っ?」 差し出した手に、香は驚いた様子だった。 「あ…っと、勘違いすんなよ?!人も増えて きたし、そんな足じゃ、逸れちまってもお れのこと探せなくて困るだろ。 」 相変わらずこいつに優しくなれない自分に、内心舌打ちする。 三十路どころかアラフォー近い男。 道行く見ず知らずの人にだってもう少し親切にできる自負がある。 大事なものは喪ってから気付くなんてよく言うけど、そんな事態は回避したい。 でも、今のこのおれじゃ…愛想つかされる日も近いかも。 分かっているのに。 それはいやなのに、どうしたって素直になれない。 そんなおれに香は… 「ふふっ…ありがとう、獠。 」 笑って寄こした。 いつからだろう。 香がおれの軽口に少しだけ余裕をもって返すようになったのは。 それとは逆に、香の余裕を見つける度、おれの胸が掻き毟られるような焦燥感を抱くようになったのは。 香の手を引きながら、提灯の下を心持ちゆっくり歩く。 横目で流し見た香は、色とりどりの浴衣姿で道を往く女のコたちの誰よりも艶やかで。 長い脚を存分に活かして歩く普段とは違い、しっとりと歩く様がやけに儚げだった。 どんな服装だって、おれにとって香は魅力的だ。 きっとそれは大多数の男にとっても同じだろうと思う。 だから、普段は仕事に託けて、飾り気のない服装で少しでも隠せたら…なんて、本人には言わない本音と建前。 くだらない独占欲だって自覚はある。 いっそ…全部自分のものにしたら、こんな気持ちから開放されるのか。 小さい手を引きながら、「出店が…」「すれ違った子の浴衣が…」だの話す香に気のない素振りで返しつつ、おれの頭の中は煩いくらいに香への気持ちで埋め尽くされていく。 神社の鳥居。 その向こうにはひっそりと夕闇に佇む本殿。 聴こえてくる祭囃子。 時間も早いからか人もまばらな境内 浴衣姿でゆっくり歩く二人。 アラフォーとアラサーのカップル。 きっと周りからは酸いも甘いも味わい尽くした、落ち着いた大人のカップルに見えるんだろう。 …その実まだキスもしていないなんて片手じゃ足りない年月一緒にいて、お笑い種だ。 このままでいいとは、もちろん思っちゃいないけど…それでも…。 「せっかく来たし、お参りして帰ろっか。 」 「あ?…あ…、いいんでない?」 香の提案に、自分の胸の不埒な考えが見透かされたような気がして、ぎくっとした分、反応が遅れた。 曖昧に頷き、鳥居の下をくぐった。 手水舎で手を清め、再び手を取ると香が驚いたあと照れくさそうにおれのことを見る。 「獠…ありがと。 」 「ん…。 」 おれも繋いでいたいから。 本音は言えない。 なんだかカッコ悪い気がして。 本殿へ続く境内ではお囃子隊が涼やかに独特のリズムを刻んでいる。 横目で見ながら通り過ぎ、本殿で参拝を済ます。 神様にお願いしたところで。 日頃の行いが優先順位を決めるなら、叶えてもらえる順番が来る前に、あの世からお迎えが来ちまいそうなおれだけど。 この大事過ぎて手に余る宝物が、いつもキラキラと輝いている様を死ぬまで隣でみていられますように。 …なんてガラにもなくお願いしたりして。 隣で熱心にお参りする香はきっと、何も疑わず、考えもせず素直に神様に祈るんだろう。 「獠…は何お願いしたの?」 「んー?気になるぅ?そう言う香ちゃんこ そ、なぁにお願いしたのかな〜?」 茶化しながら質問で返し、降り始めた本殿の階段、さり気なく香の背中に手を回しエスコートする。 なんの疑問も持たずそれを自然と受け入れる香に、家族のような妹のような距離で過ごしてきた日々を感じて急に胸が締め付けられる。 「あたし?…あたしは…。 」 言って俯く香の頬は、なんだかうっすらと赤く染っている。 「んだよぉ、おまぁが言い出したくせに。 … んでも、まっ、願い事は人に言っちまうと 叶わないって言うぜ?」 さり気なく助け舟を出してやって、そのまま来た道を戻ろうとしたのに。 香が不意に立ち止まる。 振り返ったおれとぶつかる視線。 何度か口を開き、躊躇い…を繰り返した唇から零れたのは…。 「神様なんかじゃ…きっと叶えられない。 」 「…は?…香?」 思わず聞き返したおれの胸に、勢いよく飛び込んできた香のうなじが、やたらと白く目に付いた。 勢いに押されて抱き留めると、そばを通りかかったグループから聞こえる黄色い声。 「りょ…獠なら…すぐに叶えられるのに。 」 「おれならって…、おまえ…」 それが、耳まで真っ赤に染まっているせいだと気づいたら、何を言いたいのか朧気にしかわからないやり取りも、何だか急に色付いたように感じて。 どくん…と胸が大きく鳴った。 そんなおれの動揺なんて露知らず、おれの胸に額を寄せて、むずがるように顔を左右に振る香が、もう一度呟いた。 「…獠にしか、叶えられない…よ。 」 言ってから上目遣いで見つめてくる香から、ほのかに立ち上る甘い香り。 再び不埒なことを考え始めるおれの頭。 思わず力の入る、香の背中に回した腕。 柔らかくしっとりとした唇に口付けて… 白い首筋に紅い痕を付けたら… ほんのりと色付く肌に吸い付いて… 細い手首を組み敷いたら袂から… 思いの外強く湧き上がった衝動に、つい口から本音が零れた。 「っあー、X…YZ…だ…、香。 」 突然空を仰ぎみて呟いたおれの顔を怪訝そうに見つめる潤んだ紅茶色の瞳。 「このタイミングで…依頼?」 「はぁ?…依ら…いなわけ…ったくぅ…。 」 そうだよな…。 そういうやつよな、香ちゃんは。 素の呟きが恥ずかしすぎるから、抱き留めた香を促して、再び手を繋ぎ歩き出す。 少しずつ増えてきた人の波を避けながら。 やっぱりニブチンだわ。 寸分違わず、おれが日頃から思ってる通りのニブチン。 まぁ、依頼…ってか、おまぁにしか解決できないことではあるけどな。 思わずため息混じりの苦笑が漏れて、それを聞いた香が眉根を寄せた胡乱な瞳で見上げてくる。 「なによ…言いたいことがあるなら、はっき り言いなさいよ!」 「んー?おまぁのお願いは、獠ちゃん叶えな くていいのかな?って」 いつの間にかいつものペース。 まぁ、香には分からんよなぁ、ニブチンだもんなぁ。 胸の中で3回目、その鈍さを恨めしく思う。 「お…お願い…は…。 」 「おれにしか叶えられないんだろ?」 「あ…れは、…その…。 」 「おれにもあるよ、おまえしか叶えられない『お願い』。 」 香の顔は見られずに、でも繋いだ手も離せずに、自分の本音を曝け出した。 香は何だか頬を染めて瞳を潤ませ、何かを期待するような顔。 「おれだって…もう、いい加減限界だ…って こと。 」 「限界って…ちょ…っと獠?どこ行くの?」 手を引いて、人気のない木立に向かうおれに、香が怪訝そうに聞いてくる。 カミサマの前でこんなことしたらバチが当たっちまうかな…? 「んー。 なぁんか、香ちゃんと、二人になり たいなって。 」 「はぁ?…二人でいるじゃない。 」 「そうなんだけど、そうじゃないんだよな あ。 」 境内から死角の木立の1本、香をそっと囲いこんで、口付けた。 「んぅ…っ」 触れた瞬間、控えめに洩れた吐息。 聞こえた瞬間、頭にカッと血が上った。 唇の柔らかさに頭の芯まで痺れる心地がして、一度軽く口付けるだけでは離せない。 まだ驚いているのか、力の入った背中を引き寄せて、あやすように撫でながら、更に深く重ね合わせる。 「…ふっ、ん…あ…」 あぁ、軽率に好きだなんて。 いっそ言えたらよかった。 このタイミングで言ったところで、信じてもらえるかはかなり怪しい。 何度かちゅっちゅっと啄んだ後、吐息を零した隙間から舌で唇を愛撫すれば抱き寄せた背中がフルリと震えた。 くちゅりと絡める舌の柔らかさ。 二人の舌で混ぜ合わせる唾液の甘さ。 コクリとそれを飲み乾す瞬間の蕩けた恍惚の瞳。 全部…がおれを煽ってくる。 このまま骨の髄まで蕩かして、おれ無しじゃいられないようにしてやりたい。 「っふ…、あ、まっ…て…りょ…う。 」 突然の口付け、理由もわからず戸惑う香の制止に、待ってやれる程の余裕はおれにもなくて。 「ま…まって、んっ…や、りょお!」 「…だっ…から、XYZ…だっ…て。 」 唇を離してそう言ったおれと、はっとした香の瞳が至近距離でぶつかる。 そのまま視線を絡めてもう一度、頭の芯まで溶け合うような甘いキスをした。 いつだって、どんな格好だって、おまえは、おれの心を掴んで離さないくせに。 浴衣で艷かなおまえが、女でいることを諦めたように切なげに含羞むから。 だから、急にこの胸に湧き上がった衝動を止められない。 受け止めてくれ おれの唇も この胸を掻き毟る程の焦燥感も おまえを誰にも見せたくない独占欲も 必死で隠していたけど もうずっと、おまえへの想いは….

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きみ の とりこ に なっ て しま えば きっと

いつからこんなに…自分の気持ちを誤魔化せなくなったんだろう 隣を歩く香は、からんころんと涼し気な下駄の音を響かせている。 髪は「暑いから」と、先日シュガーボーイの頃に戻しているから、下品にならない程度に抜いた衣紋から白いうなじが艶かしく光る。 生成地に大胆に大きな麻の葉模様。 濃いめの浅葱の帯が、香の脚の長さと女らしいスタイルの良さを際立たせていた。 おれも普段は着ない浴衣に身を包み、色とりどりの提灯が下がる中、下駄の音を響かせて香の横を歩く。 「ね…ねぇ。 」 「んぁ?どした?」 「もうちょっとペース落としてもらえる?…脚 なかなか捌きにくくて。 それに下駄も鼻緒 が当たって痛いの。 」 たはは…と笑う香の顔はいつも通りなのに、浴衣のせいかやたらと艶っぽく見える。 思い掛けず気付いてしまった、自分の胸のツキンとした痛みに、香に気付かれないように目を眇める。 ああ、おれは…いつの間に、こんなに… 「すまん…足捌きも、女は大変なんだな… 浴衣」 裾を押さえてこちらを切なげに見遣る香に心の中がザワめいた。 夕暮れ時。 増える人波。 立ち並ぶ出店の間、立ち止まった香とおれに迷惑そうな顔をするカップルが通り過ぎる。 気付いた香が、ハッとした顔で脇に避けた。 「ごめん、獠…やっぱり普段歩きやすい格好 ばっかりしてるから。 こういう時ダメだよ ねえ、あたし。 」 ポソリと呟いて、含羞んだ。 香は依頼人の代わりに浴衣でイベントの司会を終えた後だ。 狙いの人物が、居るはずのステージに居ないことに激昂したストーカーが主催者側に噛み付いた所を見つけ出し、冴子に引渡して事件は無事に解決した。 帰り道。 せっかくお祭りムード満載で、質のいい浴衣も依頼料の一部として用意してもらえたし…と二人で下駄の音を響かせて歩いている。 「…ほら。 」 「え…っ?」 差し出した手に、香は驚いた様子だった。 「あ…っと、勘違いすんなよ?!人も増えて きたし、そんな足じゃ、逸れちまってもお れのこと探せなくて困るだろ。 」 相変わらずこいつに優しくなれない自分に、内心舌打ちする。 三十路どころかアラフォー近い男。 道行く見ず知らずの人にだってもう少し親切にできる自負がある。 大事なものは喪ってから気付くなんてよく言うけど、そんな事態は回避したい。 でも、今のこのおれじゃ…愛想つかされる日も近いかも。 分かっているのに。 それはいやなのに、どうしたって素直になれない。 そんなおれに香は… 「ふふっ…ありがとう、獠。 」 笑って寄こした。 いつからだろう。 香がおれの軽口に少しだけ余裕をもって返すようになったのは。 それとは逆に、香の余裕を見つける度、おれの胸が掻き毟られるような焦燥感を抱くようになったのは。 香の手を引きながら、提灯の下を心持ちゆっくり歩く。 横目で流し見た香は、色とりどりの浴衣姿で道を往く女のコたちの誰よりも艶やかで。 長い脚を存分に活かして歩く普段とは違い、しっとりと歩く様がやけに儚げだった。 どんな服装だって、おれにとって香は魅力的だ。 きっとそれは大多数の男にとっても同じだろうと思う。 だから、普段は仕事に託けて、飾り気のない服装で少しでも隠せたら…なんて、本人には言わない本音と建前。 くだらない独占欲だって自覚はある。 いっそ…全部自分のものにしたら、こんな気持ちから開放されるのか。 小さい手を引きながら、「出店が…」「すれ違った子の浴衣が…」だの話す香に気のない素振りで返しつつ、おれの頭の中は煩いくらいに香への気持ちで埋め尽くされていく。 神社の鳥居。 その向こうにはひっそりと夕闇に佇む本殿。 聴こえてくる祭囃子。 時間も早いからか人もまばらな境内 浴衣姿でゆっくり歩く二人。 アラフォーとアラサーのカップル。 きっと周りからは酸いも甘いも味わい尽くした、落ち着いた大人のカップルに見えるんだろう。 …その実まだキスもしていないなんて片手じゃ足りない年月一緒にいて、お笑い種だ。 このままでいいとは、もちろん思っちゃいないけど…それでも…。 「せっかく来たし、お参りして帰ろっか。 」 「あ?…あ…、いいんでない?」 香の提案に、自分の胸の不埒な考えが見透かされたような気がして、ぎくっとした分、反応が遅れた。 曖昧に頷き、鳥居の下をくぐった。 手水舎で手を清め、再び手を取ると香が驚いたあと照れくさそうにおれのことを見る。 「獠…ありがと。 」 「ん…。 」 おれも繋いでいたいから。 本音は言えない。 なんだかカッコ悪い気がして。 本殿へ続く境内ではお囃子隊が涼やかに独特のリズムを刻んでいる。 横目で見ながら通り過ぎ、本殿で参拝を済ます。 神様にお願いしたところで。 日頃の行いが優先順位を決めるなら、叶えてもらえる順番が来る前に、あの世からお迎えが来ちまいそうなおれだけど。 この大事過ぎて手に余る宝物が、いつもキラキラと輝いている様を死ぬまで隣でみていられますように。 …なんてガラにもなくお願いしたりして。 隣で熱心にお参りする香はきっと、何も疑わず、考えもせず素直に神様に祈るんだろう。 「獠…は何お願いしたの?」 「んー?気になるぅ?そう言う香ちゃんこ そ、なぁにお願いしたのかな〜?」 茶化しながら質問で返し、降り始めた本殿の階段、さり気なく香の背中に手を回しエスコートする。 なんの疑問も持たずそれを自然と受け入れる香に、家族のような妹のような距離で過ごしてきた日々を感じて急に胸が締め付けられる。 「あたし?…あたしは…。 」 言って俯く香の頬は、なんだかうっすらと赤く染っている。 「んだよぉ、おまぁが言い出したくせに。 … んでも、まっ、願い事は人に言っちまうと 叶わないって言うぜ?」 さり気なく助け舟を出してやって、そのまま来た道を戻ろうとしたのに。 香が不意に立ち止まる。 振り返ったおれとぶつかる視線。 何度か口を開き、躊躇い…を繰り返した唇から零れたのは…。 「神様なんかじゃ…きっと叶えられない。 」 「…は?…香?」 思わず聞き返したおれの胸に、勢いよく飛び込んできた香のうなじが、やたらと白く目に付いた。 勢いに押されて抱き留めると、そばを通りかかったグループから聞こえる黄色い声。 「りょ…獠なら…すぐに叶えられるのに。 」 「おれならって…、おまえ…」 それが、耳まで真っ赤に染まっているせいだと気づいたら、何を言いたいのか朧気にしかわからないやり取りも、何だか急に色付いたように感じて。 どくん…と胸が大きく鳴った。 そんなおれの動揺なんて露知らず、おれの胸に額を寄せて、むずがるように顔を左右に振る香が、もう一度呟いた。 「…獠にしか、叶えられない…よ。 」 言ってから上目遣いで見つめてくる香から、ほのかに立ち上る甘い香り。 再び不埒なことを考え始めるおれの頭。 思わず力の入る、香の背中に回した腕。 柔らかくしっとりとした唇に口付けて… 白い首筋に紅い痕を付けたら… ほんのりと色付く肌に吸い付いて… 細い手首を組み敷いたら袂から… 思いの外強く湧き上がった衝動に、つい口から本音が零れた。 「っあー、X…YZ…だ…、香。 」 突然空を仰ぎみて呟いたおれの顔を怪訝そうに見つめる潤んだ紅茶色の瞳。 「このタイミングで…依頼?」 「はぁ?…依ら…いなわけ…ったくぅ…。 」 そうだよな…。 そういうやつよな、香ちゃんは。 素の呟きが恥ずかしすぎるから、抱き留めた香を促して、再び手を繋ぎ歩き出す。 少しずつ増えてきた人の波を避けながら。 やっぱりニブチンだわ。 寸分違わず、おれが日頃から思ってる通りのニブチン。 まぁ、依頼…ってか、おまぁにしか解決できないことではあるけどな。 思わずため息混じりの苦笑が漏れて、それを聞いた香が眉根を寄せた胡乱な瞳で見上げてくる。 「なによ…言いたいことがあるなら、はっき り言いなさいよ!」 「んー?おまぁのお願いは、獠ちゃん叶えな くていいのかな?って」 いつの間にかいつものペース。 まぁ、香には分からんよなぁ、ニブチンだもんなぁ。 胸の中で3回目、その鈍さを恨めしく思う。 「お…お願い…は…。 」 「おれにしか叶えられないんだろ?」 「あ…れは、…その…。 」 「おれにもあるよ、おまえしか叶えられない『お願い』。 」 香の顔は見られずに、でも繋いだ手も離せずに、自分の本音を曝け出した。 香は何だか頬を染めて瞳を潤ませ、何かを期待するような顔。 「おれだって…もう、いい加減限界だ…って こと。 」 「限界って…ちょ…っと獠?どこ行くの?」 手を引いて、人気のない木立に向かうおれに、香が怪訝そうに聞いてくる。 カミサマの前でこんなことしたらバチが当たっちまうかな…? 「んー。 なぁんか、香ちゃんと、二人になり たいなって。 」 「はぁ?…二人でいるじゃない。 」 「そうなんだけど、そうじゃないんだよな あ。 」 境内から死角の木立の1本、香をそっと囲いこんで、口付けた。 「んぅ…っ」 触れた瞬間、控えめに洩れた吐息。 聞こえた瞬間、頭にカッと血が上った。 唇の柔らかさに頭の芯まで痺れる心地がして、一度軽く口付けるだけでは離せない。 まだ驚いているのか、力の入った背中を引き寄せて、あやすように撫でながら、更に深く重ね合わせる。 「…ふっ、ん…あ…」 あぁ、軽率に好きだなんて。 いっそ言えたらよかった。 このタイミングで言ったところで、信じてもらえるかはかなり怪しい。 何度かちゅっちゅっと啄んだ後、吐息を零した隙間から舌で唇を愛撫すれば抱き寄せた背中がフルリと震えた。 くちゅりと絡める舌の柔らかさ。 二人の舌で混ぜ合わせる唾液の甘さ。 コクリとそれを飲み乾す瞬間の蕩けた恍惚の瞳。 全部…がおれを煽ってくる。 このまま骨の髄まで蕩かして、おれ無しじゃいられないようにしてやりたい。 「っふ…、あ、まっ…て…りょ…う。 」 突然の口付け、理由もわからず戸惑う香の制止に、待ってやれる程の余裕はおれにもなくて。 「ま…まって、んっ…や、りょお!」 「…だっ…から、XYZ…だっ…て。 」 唇を離してそう言ったおれと、はっとした香の瞳が至近距離でぶつかる。 そのまま視線を絡めてもう一度、頭の芯まで溶け合うような甘いキスをした。 いつだって、どんな格好だって、おまえは、おれの心を掴んで離さないくせに。 浴衣で艷かなおまえが、女でいることを諦めたように切なげに含羞むから。 だから、急にこの胸に湧き上がった衝動を止められない。 受け止めてくれ おれの唇も この胸を掻き毟る程の焦燥感も おまえを誰にも見せたくない独占欲も 必死で隠していたけど もうずっと、おまえへの想いは….

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#1 浴衣のきみが はにかむから

きみ の とりこ に なっ て しま えば きっと

いつからこんなに…自分の気持ちを誤魔化せなくなったんだろう 隣を歩く香は、からんころんと涼し気な下駄の音を響かせている。 髪は「暑いから」と、先日シュガーボーイの頃に戻しているから、下品にならない程度に抜いた衣紋から白いうなじが艶かしく光る。 生成地に大胆に大きな麻の葉模様。 濃いめの浅葱の帯が、香の脚の長さと女らしいスタイルの良さを際立たせていた。 おれも普段は着ない浴衣に身を包み、色とりどりの提灯が下がる中、下駄の音を響かせて香の横を歩く。 「ね…ねぇ。 」 「んぁ?どした?」 「もうちょっとペース落としてもらえる?…脚 なかなか捌きにくくて。 それに下駄も鼻緒 が当たって痛いの。 」 たはは…と笑う香の顔はいつも通りなのに、浴衣のせいかやたらと艶っぽく見える。 思い掛けず気付いてしまった、自分の胸のツキンとした痛みに、香に気付かれないように目を眇める。 ああ、おれは…いつの間に、こんなに… 「すまん…足捌きも、女は大変なんだな… 浴衣」 裾を押さえてこちらを切なげに見遣る香に心の中がザワめいた。 夕暮れ時。 増える人波。 立ち並ぶ出店の間、立ち止まった香とおれに迷惑そうな顔をするカップルが通り過ぎる。 気付いた香が、ハッとした顔で脇に避けた。 「ごめん、獠…やっぱり普段歩きやすい格好 ばっかりしてるから。 こういう時ダメだよ ねえ、あたし。 」 ポソリと呟いて、含羞んだ。 香は依頼人の代わりに浴衣でイベントの司会を終えた後だ。 狙いの人物が、居るはずのステージに居ないことに激昂したストーカーが主催者側に噛み付いた所を見つけ出し、冴子に引渡して事件は無事に解決した。 帰り道。 せっかくお祭りムード満載で、質のいい浴衣も依頼料の一部として用意してもらえたし…と二人で下駄の音を響かせて歩いている。 「…ほら。 」 「え…っ?」 差し出した手に、香は驚いた様子だった。 「あ…っと、勘違いすんなよ?!人も増えて きたし、そんな足じゃ、逸れちまってもお れのこと探せなくて困るだろ。 」 相変わらずこいつに優しくなれない自分に、内心舌打ちする。 三十路どころかアラフォー近い男。 道行く見ず知らずの人にだってもう少し親切にできる自負がある。 大事なものは喪ってから気付くなんてよく言うけど、そんな事態は回避したい。 でも、今のこのおれじゃ…愛想つかされる日も近いかも。 分かっているのに。 それはいやなのに、どうしたって素直になれない。 そんなおれに香は… 「ふふっ…ありがとう、獠。 」 笑って寄こした。 いつからだろう。 香がおれの軽口に少しだけ余裕をもって返すようになったのは。 それとは逆に、香の余裕を見つける度、おれの胸が掻き毟られるような焦燥感を抱くようになったのは。 香の手を引きながら、提灯の下を心持ちゆっくり歩く。 横目で流し見た香は、色とりどりの浴衣姿で道を往く女のコたちの誰よりも艶やかで。 長い脚を存分に活かして歩く普段とは違い、しっとりと歩く様がやけに儚げだった。 どんな服装だって、おれにとって香は魅力的だ。 きっとそれは大多数の男にとっても同じだろうと思う。 だから、普段は仕事に託けて、飾り気のない服装で少しでも隠せたら…なんて、本人には言わない本音と建前。 くだらない独占欲だって自覚はある。 いっそ…全部自分のものにしたら、こんな気持ちから開放されるのか。 小さい手を引きながら、「出店が…」「すれ違った子の浴衣が…」だの話す香に気のない素振りで返しつつ、おれの頭の中は煩いくらいに香への気持ちで埋め尽くされていく。 神社の鳥居。 その向こうにはひっそりと夕闇に佇む本殿。 聴こえてくる祭囃子。 時間も早いからか人もまばらな境内 浴衣姿でゆっくり歩く二人。 アラフォーとアラサーのカップル。 きっと周りからは酸いも甘いも味わい尽くした、落ち着いた大人のカップルに見えるんだろう。 …その実まだキスもしていないなんて片手じゃ足りない年月一緒にいて、お笑い種だ。 このままでいいとは、もちろん思っちゃいないけど…それでも…。 「せっかく来たし、お参りして帰ろっか。 」 「あ?…あ…、いいんでない?」 香の提案に、自分の胸の不埒な考えが見透かされたような気がして、ぎくっとした分、反応が遅れた。 曖昧に頷き、鳥居の下をくぐった。 手水舎で手を清め、再び手を取ると香が驚いたあと照れくさそうにおれのことを見る。 「獠…ありがと。 」 「ん…。 」 おれも繋いでいたいから。 本音は言えない。 なんだかカッコ悪い気がして。 本殿へ続く境内ではお囃子隊が涼やかに独特のリズムを刻んでいる。 横目で見ながら通り過ぎ、本殿で参拝を済ます。 神様にお願いしたところで。 日頃の行いが優先順位を決めるなら、叶えてもらえる順番が来る前に、あの世からお迎えが来ちまいそうなおれだけど。 この大事過ぎて手に余る宝物が、いつもキラキラと輝いている様を死ぬまで隣でみていられますように。 …なんてガラにもなくお願いしたりして。 隣で熱心にお参りする香はきっと、何も疑わず、考えもせず素直に神様に祈るんだろう。 「獠…は何お願いしたの?」 「んー?気になるぅ?そう言う香ちゃんこ そ、なぁにお願いしたのかな〜?」 茶化しながら質問で返し、降り始めた本殿の階段、さり気なく香の背中に手を回しエスコートする。 なんの疑問も持たずそれを自然と受け入れる香に、家族のような妹のような距離で過ごしてきた日々を感じて急に胸が締め付けられる。 「あたし?…あたしは…。 」 言って俯く香の頬は、なんだかうっすらと赤く染っている。 「んだよぉ、おまぁが言い出したくせに。 … んでも、まっ、願い事は人に言っちまうと 叶わないって言うぜ?」 さり気なく助け舟を出してやって、そのまま来た道を戻ろうとしたのに。 香が不意に立ち止まる。 振り返ったおれとぶつかる視線。 何度か口を開き、躊躇い…を繰り返した唇から零れたのは…。 「神様なんかじゃ…きっと叶えられない。 」 「…は?…香?」 思わず聞き返したおれの胸に、勢いよく飛び込んできた香のうなじが、やたらと白く目に付いた。 勢いに押されて抱き留めると、そばを通りかかったグループから聞こえる黄色い声。 「りょ…獠なら…すぐに叶えられるのに。 」 「おれならって…、おまえ…」 それが、耳まで真っ赤に染まっているせいだと気づいたら、何を言いたいのか朧気にしかわからないやり取りも、何だか急に色付いたように感じて。 どくん…と胸が大きく鳴った。 そんなおれの動揺なんて露知らず、おれの胸に額を寄せて、むずがるように顔を左右に振る香が、もう一度呟いた。 「…獠にしか、叶えられない…よ。 」 言ってから上目遣いで見つめてくる香から、ほのかに立ち上る甘い香り。 再び不埒なことを考え始めるおれの頭。 思わず力の入る、香の背中に回した腕。 柔らかくしっとりとした唇に口付けて… 白い首筋に紅い痕を付けたら… ほんのりと色付く肌に吸い付いて… 細い手首を組み敷いたら袂から… 思いの外強く湧き上がった衝動に、つい口から本音が零れた。 「っあー、X…YZ…だ…、香。 」 突然空を仰ぎみて呟いたおれの顔を怪訝そうに見つめる潤んだ紅茶色の瞳。 「このタイミングで…依頼?」 「はぁ?…依ら…いなわけ…ったくぅ…。 」 そうだよな…。 そういうやつよな、香ちゃんは。 素の呟きが恥ずかしすぎるから、抱き留めた香を促して、再び手を繋ぎ歩き出す。 少しずつ増えてきた人の波を避けながら。 やっぱりニブチンだわ。 寸分違わず、おれが日頃から思ってる通りのニブチン。 まぁ、依頼…ってか、おまぁにしか解決できないことではあるけどな。 思わずため息混じりの苦笑が漏れて、それを聞いた香が眉根を寄せた胡乱な瞳で見上げてくる。 「なによ…言いたいことがあるなら、はっき り言いなさいよ!」 「んー?おまぁのお願いは、獠ちゃん叶えな くていいのかな?って」 いつの間にかいつものペース。 まぁ、香には分からんよなぁ、ニブチンだもんなぁ。 胸の中で3回目、その鈍さを恨めしく思う。 「お…お願い…は…。 」 「おれにしか叶えられないんだろ?」 「あ…れは、…その…。 」 「おれにもあるよ、おまえしか叶えられない『お願い』。 」 香の顔は見られずに、でも繋いだ手も離せずに、自分の本音を曝け出した。 香は何だか頬を染めて瞳を潤ませ、何かを期待するような顔。 「おれだって…もう、いい加減限界だ…って こと。 」 「限界って…ちょ…っと獠?どこ行くの?」 手を引いて、人気のない木立に向かうおれに、香が怪訝そうに聞いてくる。 カミサマの前でこんなことしたらバチが当たっちまうかな…? 「んー。 なぁんか、香ちゃんと、二人になり たいなって。 」 「はぁ?…二人でいるじゃない。 」 「そうなんだけど、そうじゃないんだよな あ。 」 境内から死角の木立の1本、香をそっと囲いこんで、口付けた。 「んぅ…っ」 触れた瞬間、控えめに洩れた吐息。 聞こえた瞬間、頭にカッと血が上った。 唇の柔らかさに頭の芯まで痺れる心地がして、一度軽く口付けるだけでは離せない。 まだ驚いているのか、力の入った背中を引き寄せて、あやすように撫でながら、更に深く重ね合わせる。 「…ふっ、ん…あ…」 あぁ、軽率に好きだなんて。 いっそ言えたらよかった。 このタイミングで言ったところで、信じてもらえるかはかなり怪しい。 何度かちゅっちゅっと啄んだ後、吐息を零した隙間から舌で唇を愛撫すれば抱き寄せた背中がフルリと震えた。 くちゅりと絡める舌の柔らかさ。 二人の舌で混ぜ合わせる唾液の甘さ。 コクリとそれを飲み乾す瞬間の蕩けた恍惚の瞳。 全部…がおれを煽ってくる。 このまま骨の髄まで蕩かして、おれ無しじゃいられないようにしてやりたい。 「っふ…、あ、まっ…て…りょ…う。 」 突然の口付け、理由もわからず戸惑う香の制止に、待ってやれる程の余裕はおれにもなくて。 「ま…まって、んっ…や、りょお!」 「…だっ…から、XYZ…だっ…て。 」 唇を離してそう言ったおれと、はっとした香の瞳が至近距離でぶつかる。 そのまま視線を絡めてもう一度、頭の芯まで溶け合うような甘いキスをした。 いつだって、どんな格好だって、おまえは、おれの心を掴んで離さないくせに。 浴衣で艷かなおまえが、女でいることを諦めたように切なげに含羞むから。 だから、急にこの胸に湧き上がった衝動を止められない。 受け止めてくれ おれの唇も この胸を掻き毟る程の焦燥感も おまえを誰にも見せたくない独占欲も 必死で隠していたけど もうずっと、おまえへの想いは….

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