いかがでしたブログ。 「いかがでしたでしょうか」はうざいのか・言い換え表現・使い方

クソつまらない『いかがでしたかブログ』を一瞬で見分けるたった1つの方法!

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「いかがでしたかブログ」とは、 記事の最後に必ず「いかがでしたか?」 を使うブログ記事を揶揄した言葉です。 おそらく、あなたも見たことがあると思います。 「いかがでしたか?」は、締めの言葉としてたしかに使いやすい。 記事の最後に挿入しておけば、なんとなく締まりがいい印象になるので、書き手としては非常に使い勝手がいいわけです。 しかし問題は、 「いかがでしたか?」を多用するブログ記事があまりに増えたことで、読み手が嫌悪感を示している点です。 「またこのパターンか・・・」とウンザリします。 また、量産型の記事のような印象になり、チープ感が漂ってしまうのも良くありません。 企業サイトであれば、ブランド毀損にもなり得ます。 ほかにも、「いかがでしたかブログ」 の問題点はたくさん存在します。 そこでこの記事では、「いかがでしたかブログ」 に共通する特徴や深刻な問題点を解説していきます。 「いかがでしたかブログ」 の特徴と問題点 まず、「いかがでしたかブログ」 に共通する特徴と、その問題点をご紹介します。 煽りが強めのタイトル• 印象を落とすイメージ画像(外国人など)• 内容がない文章がだらだらと続く 順番に解説していきます。 煽りが強めのタイトル 「いかがでしたかブログ」のタイトルの特徴は、嘘が書いてあることです。 誇大表現とも言いましょうか。 知らないとヤバイ!• タイトルと中身が釣り合っていないのが問題 別に上記のようなフレーズ自体が悪いわけではありませんが、 タイトルで期待感を煽りまくっているにも関わらず、記事の中身が「普通(あるいはそれ以下)」 なのが問題です。 「徹底解説! ってタイトルに書いてるのに、全然詳しく解説してないじゃん!」という記事を一度は読んだことがあると思います。 特に「トレンドブログ」と言われるエンタメ系のジャンルでよく見かけますよね。 「こうすれば反応が取れる」という、タイトル作成のテクニックだけが先行した結果、中身がまったく伴わないことになっているのです。 もし煽った通りのタイトルに中身もついてくれば素晴らしい記事としてたくさんの人に読まれたでしょうが、多くは読者をガッカリさせてしまう結果となります。 それは成功しても瞬発的なアクセス数にしか結びつきません。 もしこれが広告であれば、誇大広告で問題となります。 ところがブログ記事では、未だタイトル詐欺が横行しています。 ただ、この手のタイトルはもうすでに通用しなくなっていますね。 あえてタイトルを短くシンプルにする逆張り作戦 このように大げさな表現の記事タイトルがトレンドになっているときは、あえて逆を行くことが有効です。 つまり、 シンプルで短いタイトルを設定するのです。 たとえば、「知っておきたい!」「これは必見!」 といった、余計な装飾言葉はすべて取っ払ってしまう。 そうすると、「売れるサイトを作る37のコツ」 のようなシンプルで短いタイトルになります。 読み手も煽りのタイトルで後からガッカリする体験に慣れつつあるため、煽りを見ると逆に興味を失ってしまうのです。 今後のトレンド推移によって、反応の取れるタイトルも変化するかもしれませんが、普遍的なことを言えば、 記事の内容を的確に表現したタイトルをつけることがベストです。 それがもっとも誠実で、長期に亘って反応が取れるタイトルです。 印象を落とすイメージ画像(外国人の顔写真など) 見出しの下に、必ずといっていいほどイメージ画像が入るのも、「いかがでしたかブログ」 の特徴です。 それもなぜか外国人が多い。 海外と関係のないテーマの記事にも関わらず、です。 これはキュレーションメディアの負の遺産かもしれません。 かつて猛威を振るったキュレーションメディアは、必ずといっていいほど、外国人のイメージ画像を使っていましたよね。 海外素材を使いたくなる気持ちはわかります。 ただ、 関連性の薄いイメージ画像を使うのはおすすめしません。 なぜなら、その部分だけ浮いてしまうからです。 せっかく良い文章を書いても、挿入する画像で台無しになってしまうことがあります。 唐突な写真(外国人の顔写真など)を挿入するだけでチープな印象になりがちですし、実は人の顔写真を出すこと自体がテクニックのいることです。 全体のデザインから計算された中での採用なら構いませんが、あえて選ぶものではないでしょう。 また、画像をたくさん入れるとSEOに強くなる、という言説も一方でなくはないですが、効果を証明されたわけではありません。 WordPressのインストール手順を解説する時に使うスクリーンショットは有効だとは思いますが。 イメージ画像は記事の意味を補完するものにしましょう。 テキスト情報の視覚化により、理解をより促進させることができます(ここで外国人の写真を挿入しても、意味がないのはわかると思います)。 内容がない文章がだらだらと続く だれでも知っている当たり前の一般論をだらだら書くのも、「いかがでしたかブログ」 の特徴です。 例えば、いかがでしたかブログは「仕事 辛い」をテーマにした記事なら、「仕事が辛い理由は、人間関係や労働時間、給与面などです」といった、当たり前のことにしか言及しません。 なぜなら、「いかがでしたかブログ」はSEOで上位表示することだけを目的にしているので、 関連キーワードを散りばめてそれっぽい長文を書くことになるからです。 SEO的には有効なテクニック。 しかし・・・ キーワードの網羅性を高めることは有効なSEOテクニックなので、広く浅く、いろいろな話題に言及しますが、 どれも読み手にとって「当たり前」の領域を出ないので、驚きも気づきも何もありません。 検索結果で上位表示するだけなら、そのような記事でも目的は達成できると思います。 今後、Googleの進化によって状況は変わるかもしれませんが、これを書いている2020年時点では、一般論に終始した記事でも検索上位は狙えます。 しかし、記事がちゃんと読まれるかどうか、という観点からいえば、 「そんなの知ってるよ」と読み手に思われた時点で終わりです。 続きは読まれません。 即、記事から離脱されます。 当たり前の一般論をわざわざ読みたいと思う人はいないからです。 「いかがでしたブログ」 の滞在時間や直帰率をまとめたデータを持っていないので、正確な実態はわかりませんが、おそらく精読率は非常に低いはずです。 読み手にとって新鮮な情報を提供しないといけない この問題を回避するには、 読み手がまだ知らない事実を、ブログ記事で提供することが有効です。 つまり、ニュース(News)ですね。 あるいは、読み手が知っているような事実だとしても、切り口を変えることで新しさ、New感は演出できます。 たとえば、「ブログは量が大事」という主張の記事があったとして、ここで「量をこなすことで質が伴う」という話をしても、当たり前の一般論に聞こえます。 「いや、そりゃそうだろう」というのが読み手の反応で、そこで終わってしまいます。 工夫するなら、次のようなイメージでしょうか。 「ブログは量が大事だと言われますよね。 私もそれは実感しています。 もっと別の観点から、量が大事だと言いたいのです・・・」 このように書けば、新しさを醸し出せます。 「いかがでしたかブログ」 のやっていることは単なる盗作 ここまで見てきた特徴を総括すると、「いかがでしたかブログ」 の根本的な問題は、中身が伴っていないということです。 テクニックだけが先行しています。 たとえば、ほとんどのブログ記事は、以下のような画一的な構成になっていますよね。 別にこの構成がダメというわけではありませんが、「いかがでしたかブログ」は、 この構成に画一的に当てはめているだけで、中身がないのが問題なのです。 テクニックだけを踏襲する人が増えて、肝心の記事の中身は後回し・・・。 また、より本質的な問題に踏み込めば、 ほとんどがパクリ記事だという事実があります。 二番煎じ、三番煎じのコンテンツが大半であり、独自性がない。 自分の主張や色がないので、他人のブログやサイトにそのまま載せても、まったく違和感がないわけです(つまり、みんなが同じものを作っている)。 Webのコンテンツはまだまだ、キュレーションメディア騒動のときから、ほとんど進歩していないように思えます。 もちろん、あからさまなデタラメや虚偽はなくなったにしても、本質的には、かつてのキュレーションメディアと変わりません。 リライトと称するパクリは、2020年のいまも根深い問題です。 これはライターの問題でもありますが、発注側であるメディアの姿勢も問われるべきものです。 たとえば、 「参考サイト」を参考にして書いてください、というのは実質、パクって書いてくださいと同じですよね。 そもそも「参考サイト」を見ながらでないと記事を書けないというのは、ライターとしてどうなのでしょうか? どれほど精巧に情報を切り貼りしても、独自の見解が根幹になければ、それはただのパクリになってしまいます。 「いかがでしたかブログ」 を卒業しよう グーグルは2020年5月、コアアップデートを実施しました。 このアップデートによって、順位が大きく下落したサイトも多いはずです(YMYLジャンルはとくに)。 いよいよ、テクニック頼りのコンテンツ作成の限界が見えてきたように思います。 「いかがでしたかブログ」 はGoogleの方向性に合致しているとは言い難いので、たとえ今回のアップデートでは無事だったとしても、次は危ないかもしれません。 テクニックだけを駆使して書かれた中身のないブログ記事は、今後ますます厳しくなるはずです。 このタイミングで、コンテンツ作成の姿勢を見つめ直して、「いかがでしたかブログ」 を卒業しましょう。 今回なぜこんな話をしたかというと、弊社がコンテンツ作りにこだわっている会社だからです。 コンテンツというのはブログ記事もそうですし、TCDテーマもそうです。 デザインプラスはデザインの観点からマーケティングするチームなので、実質的にはマーケティング会社でもありますが、 根本的にはモノづくりを大事にしている会社です。 コンテンツに対するこだわりがあるので、「いかがでしたかブログ」 のような安易な方法にはどうしても、違和感を覚えてしまうのです。 もし今回の話に共感いただけたら、以下の記事もチェックしてみてください。 コンテンツ作成の在り方について、より本質的な話に踏み込んでいます。

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収益は月6万円。やりがいも、心が痛むときも... トレンドブログ「いかがでしたか?」の裏の本音: J

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「いかがでしたでしょうか」でモヤっとする理由 さて、今回はこの言葉の何が引っかかるのかをちょっと真面目に考えてみた。 考えれば考えるほど、 「いかがでしたでしょうか」は使わない方が良いんじゃないかって思っちゃうなぁ~。 モヤモヤポイントその1.言い回しがクドい! まず、日本語的には「いかがでしたでしょうか」は間違ってはいないっぽい。 しかしそんなことはどうでもいい。 「いかがでしたでしょうか」はただ単に クドくて美しくない! ちなみにさっきの理屈でいくと、 元の文章は「どうだっただろうか」ってことになる。 しかしここで気付く、 「だろうか」ってなんやねん! 「どうだっただろうか」、「いかがだっただろうか」じゃなくて、 「どうだった?」で良いよね?? これを丁寧にすると「いかがでした」に疑問形の「か」をつけて 「いかがでしたか?」となる。 これなら全然 クドくないぞ! 個人的には 無駄に言葉が長くなるのは中身がない証拠だと思う。 例えばビジネスシーンにおいて「〜となります」、「〜となっております」なんて言われる場面は、ほとんどの場合「〜です」で済むし、「進めていきます」、「おこなっていきます」も「進めます」、「行います」で良い。 このようなケースでは無駄にボリュームを出そうとしても好印象にはならず、むしろ逆効果になることもしばしば。 「いかがでしたでしょうか」は二重敬語ではないとしても、個人的には まどろっこしくて贅肉のついた表現のように感じる。 どうしても「だろうか」を入れたければ、過去形を捨てて「いかがでしょうか」の方がまだ良い。 モヤモヤポイントその2.「いかが」って、何が?? 「いかがでしたか?」、「いかがでしょうか」に変えたとしても、こーちゃんのモヤモヤは一向に収まらない。 そもそも「いかがでしたでしょうか」は 何について聞いているのか。 仮に本当に感想を求める意味で「あなたはどう思う?」ってニュアンスだとしたら、それはもうそう書けやと思ってしまう・・・。 」ならそこまで違和感がないってことを考えると、やっぱり 自分のこと聞いてるって時点で自意識過剰っぽく捉えられちゃうのかな。 実際、「いかがでしたでしょうか」って言われ(書かれ)ても 「この記事どう?すごいやろ? どやぁ!?」くらいにしか聞こえない自分がいる(あくまで個人的かつ穿った見方です)。 せっかくそこまで有益な情報がまとめられていても、無個性な「いかがでしたでしょうか」という一言だけで 記事内容に対する信憑性まで揺らぐ、と言ったら言い過ぎかしら。 わかりやすく一言で表すと あまり賢そうには感じられない。 あとがき さて、 いかがでしたでしょうか? いろいろな意見があると思うけど、個人的にはまず 必要性を感じない。 なのに悪い印象を持たれる可能性があるなんて・・・頼まれても使わないわ。 こんな言葉一つなくなったくらいで「記事が成り立たなくなる!」なんて言う人はいないだろうし、ネガティブな見方をされる恐れがある言葉は極力排除した方が良いんじゃないかなぁ。 まぁこんなうんkブログ書いてるやつが言っても説得力ないだろうけど! ちなみに「馬から落馬」はアウトだけど、タイトルの「違和感を感じる」はセーフ。 ところが「満足感を感じる」などはアウトらしい…。

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最近流行りの「いかがでしたかブログ」がウザいと話題に!

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「いかがでしたでしょうか」でモヤっとする理由 さて、今回はこの言葉の何が引っかかるのかをちょっと真面目に考えてみた。 考えれば考えるほど、 「いかがでしたでしょうか」は使わない方が良いんじゃないかって思っちゃうなぁ~。 モヤモヤポイントその1.言い回しがクドい! まず、日本語的には「いかがでしたでしょうか」は間違ってはいないっぽい。 しかしそんなことはどうでもいい。 「いかがでしたでしょうか」はただ単に クドくて美しくない! ちなみにさっきの理屈でいくと、 元の文章は「どうだっただろうか」ってことになる。 しかしここで気付く、 「だろうか」ってなんやねん! 「どうだっただろうか」、「いかがだっただろうか」じゃなくて、 「どうだった?」で良いよね?? これを丁寧にすると「いかがでした」に疑問形の「か」をつけて 「いかがでしたか?」となる。 これなら全然 クドくないぞ! 個人的には 無駄に言葉が長くなるのは中身がない証拠だと思う。 例えばビジネスシーンにおいて「〜となります」、「〜となっております」なんて言われる場面は、ほとんどの場合「〜です」で済むし、「進めていきます」、「おこなっていきます」も「進めます」、「行います」で良い。 このようなケースでは無駄にボリュームを出そうとしても好印象にはならず、むしろ逆効果になることもしばしば。 「いかがでしたでしょうか」は二重敬語ではないとしても、個人的には まどろっこしくて贅肉のついた表現のように感じる。 どうしても「だろうか」を入れたければ、過去形を捨てて「いかがでしょうか」の方がまだ良い。 モヤモヤポイントその2.「いかが」って、何が?? 「いかがでしたか?」、「いかがでしょうか」に変えたとしても、こーちゃんのモヤモヤは一向に収まらない。 そもそも「いかがでしたでしょうか」は 何について聞いているのか。 仮に本当に感想を求める意味で「あなたはどう思う?」ってニュアンスだとしたら、それはもうそう書けやと思ってしまう・・・。 」ならそこまで違和感がないってことを考えると、やっぱり 自分のこと聞いてるって時点で自意識過剰っぽく捉えられちゃうのかな。 実際、「いかがでしたでしょうか」って言われ(書かれ)ても 「この記事どう?すごいやろ? どやぁ!?」くらいにしか聞こえない自分がいる(あくまで個人的かつ穿った見方です)。 せっかくそこまで有益な情報がまとめられていても、無個性な「いかがでしたでしょうか」という一言だけで 記事内容に対する信憑性まで揺らぐ、と言ったら言い過ぎかしら。 わかりやすく一言で表すと あまり賢そうには感じられない。 あとがき さて、 いかがでしたでしょうか? いろいろな意見があると思うけど、個人的にはまず 必要性を感じない。 なのに悪い印象を持たれる可能性があるなんて・・・頼まれても使わないわ。 こんな言葉一つなくなったくらいで「記事が成り立たなくなる!」なんて言う人はいないだろうし、ネガティブな見方をされる恐れがある言葉は極力排除した方が良いんじゃないかなぁ。 まぁこんなうんkブログ書いてるやつが言っても説得力ないだろうけど! ちなみに「馬から落馬」はアウトだけど、タイトルの「違和感を感じる」はセーフ。 ところが「満足感を感じる」などはアウトらしい…。

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