エンジン モード 11 ポジション 5。 レッドブル・トロロッソホンダを応援し続ける記事 エンジンモード11 ポジション5 !

ホンダF1、エンジンの最大モードは「エンジンモード11 ポジション7」 【 F1

エンジン モード 11 ポジション 5

優勝をもぎ取るために「モード11」の使用を許可 スタートの際にエンジンがアンチストールした事で、フェルスタッペンは1周目のターン1までに5つポジションを落としたが、これが70周に渡るレースをより一層エキサイティングなものへと変貌させた。 ミディアムタイヤでの第一スティントは、ラップリーダーのシャルル・ルクレールとほぼ同ペース。 彼との間の14秒というギャップは一向に縮まる気配を見せなかったが、31周目にピット作業を行いハードタイヤに履き替えると息を吹き返し、一転して強力なレースペースを示し始めた。 4番手でピットアウトした時点でのルクレールとのギャップは12. 914秒。 フェルスタッペンはその後チェッカーに至るまで、ルクレールよりも1周あたりコンマ4秒近いペースを刻み続け、66周目という最終盤でが使用可能な1秒以内へと接近。 残り3周でトップの座を奪い取り、歴史的な逆転劇を演じた。 「ゲームオーバーだと思ったよ」とヘルムート・マルコ。 ブラックアウト直後の失速に、希望を失っていたと明かした。 「でもマックスはその後、徐々に目を覚まし始めて、ラスト30周は火花飛び散る位に途方もない素晴らしい走りを見せてくれた」 第2スティントでの高い競争力の理由の一つはハードタイヤだが、ヘルムート・マルコはホンダの強力なエンジンモードの存在を忘れてはならないと強調する。 レッドブルのピットはバルテリ・ボッタスを交わして2番手に浮上した後、「エンジンモード11、ポジション5を使え」と指示。 ルクレールを捕まえて優勝するために、強力なマップの使用をフェルスタッペンに許可した。 「ホンダの事についても話をしておかなければならない。 彼らはその30周の間、エンジンをフルパワーで使わせてくれたのだ。 その上タイヤには一貫性があり、シャシー側にはマックスがブレーキング勝負を挑めるだけのファンタスティックな性能があった」 「この勝利は、彼が真っ当にスタートを切って1台のみをオーバーテイクして勝つよりも、はるかにエキサイティングな優勝だったと言える」 レース当日は気温が35度近くにまで上がる暑い一日で、路面温度に至っては50度を超えていた。 オーバーヒートを抱えたメルセデスはエンジンの保護を強いられ、各種モードを使う事が出来ず、終始に専念しなければならない状況に追い込まれていた。 パワーと信頼性はトレードオフだ。 メルセデスがエンジンモードの使用を禁じたのは、今後を見据えた上での長期的視点での決断とも言えるし、「モード11」を使ったがために、フェルスタッペンはこの後に控えるグランプリで痛手を負う可能性もある。 そのため一概に断定する事は出来ないが、もし仮にホンダPUの冷却要求が低くメルセデスがそうでないとするならば、厳しい暑さが予想されるヨーロッパラウンド後半戦は非常に面白くなりそうだ。 「今もなお年間5勝は可能」とレッドブル ルノーとの喧嘩別れを選び、レッドブルは今季よりホンダとの新シーズンをスタート。 ヘルムート・マルコは開幕前のバルセロナ公式テストを終えると「最低5勝は挙げられる」「今年のチャンピオンは当然マックスだ」と語ったが、パドック内での意見は冷やかだった。 だが、レッドブル・リンクでの今季初優勝を受け、マルコは今もその高い目標を達成できると確信している。 「東京で行われたプレスカンファレンスで、私は5勝する事を約束した」とヘルムート・マルコ。 そう、目標は、彼を史上最年少F1ワールドチャンピオンに立たせる事なのだ」.

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「エンジンモード11 ポジション5 !!」カリウスのブログ | まぁ、何とか。。

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マクラーレン・ホンダがうまくいかなかったのはなぜ? マクラーレン・ホンダがうまくいかなかったのは、お互いの信頼関係が築けていなかったことが大きいのではないかと思う。 というよりも「お互いの技術を信頼し、相手を尊重する心」が欠けていたことが原因だと私は思っております。 マクラーレンは無理難題を押し付け、ホンダもそれを断る勇気がなく、お互いどことなく信頼感はない感じがはた目からでも感じていたのが現状です。 マクラーレンからの無理難題! 最初の無理難題はマクラーレンのコンセプトであった「サイズゼロ」です。 マクラーレンはF1エンジンのレギュレーションが変わって、そこから普通に開発しても次年度のF1開幕までに間に合うかも疑問視される中、エンジンの小型化と冷却システムに関する難題をホンダに依頼した。 ホンダも、裏でマクラーレンに契約を打ち切られたくなかったのかはわからないですが、その無理難題を受け入れて、今まで挑戦したことがない分野へ時間のない中エンジニアたちは挑戦せざる終えない状況になったようです。 これに関してはホンダがしっかりとマクラーレンに無理だといっておくべきことだったかもしれません。 そして、通常の他社とも同じようなサイズのエンジンで開始していればあのような悲惨な状況にはならなかったのだと思います。 ストレートの遅いマクラーレン・ホンダのレッテル!? マクラーレン・ホンダは「サイズゼロ」のコンセプトを実施していましたので、ダウンフォースにそこそこ優れたシャーシを開発には成功していてカーブではタイム差を縮めることができていた。 勿論ホンダのエンジンが小さいのでその分軽量で立ち上がりも良かった面もあるかと思います。 しかしストレートになるとパワー不足を露呈する結果となってしまっていた。 もちろん、その理由は他社よりエンジンが小さいからという理由です。 こうなるとストレートが遅いのはやはりエンジンがダメエンジンだからというレッテルが張られてしまいます。 そしてエンジンを供給しているのはマクラーレン・ホンダというチームのホンダだということになってしまい、日本の誇る自動車の技術屋のレベルが下がったと思われても仕方がない結果になってしまったのです。 Sponsored Links ホンダのパワーユニット技術は悪くないことを証明! 2019年6月30日に今までホンダにかけられていた、ダメパワーユニットの開発屋というレッテルが一気に逆転する事態が起きました。 皆さんもご存知の通りレッドブル・ホンダのフェルスタッペンとガスリーの両選手です。 フェルスタッペンの2019年F1オーストリアGPでの優勝はもちろんのこと、ガスリーも7位という結果で入賞をしています。 この結果から、もう誰もホンダのパワーユニットはダメだということができなくなったと思います。 信頼関係の生んだパワーユニットのモード11 今回、レッドブルとホンダのお互いの信頼関係が強いなと感じたのがやはり、「モード11」をレッドブルが支持してトップを引きずり下ろしたところにあると思います。 「モード11」はエンジン寿命を削ることによって通常以上のパワーを得れるというなんか名前だけでもすごくかっこいいですね。 ただ、自動車を運転される方ならおわかりの通り、エンジンのパワーが上がるということはその分熱量も多くなります。 このエンジンを冷やすための冷却システムをレッドブル陣営は信頼して最後の最後にこの「モード11」を思い切って使えたのだと思います。 マクラーレンはエンジンが高温になりすぎて、この高速モードを使用することができなかったのです。 その時点でもホンダの技術は進歩しているなと感じ取ることができます。 暗黒の時代に培った技術が日の目を浴びたのでは!? マクラーレン時代に無茶ブリといってもいいほどのエンジンの小型化と冷却システムの開発に力を注ぎながらも中々、優勝という頂点をとることができなかった暗黒の時代に踏ん張ったホンダのエンジニアたちと今もなお開発に注力しているエンジニアたちの技術があっての結果だったと思います。 その暗黒時代も無駄ではなく2019年6月30日の日を迎えるための通過点に過ぎなかったのかもしれません。 これからレッドブル・ホンダが2勝、3勝としていくのを皆さんで応援していきましょう。 あとをクリックしてください。 動向についてブログを書いています。

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レッドブル・ホンダ、フェルスタッペンの猛追を後押しした”モード11”。悪影響はなしとレッドブル首脳(www.videocon.com 日本版)

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2019年F1オーストリアgpでレッドブルホンダのマックス フェルスタッペンが優勝した。 レース後半、ホンダの田辺氏はエンジンモードを最もパワーがでる「エンジン11 ポジション5」を指示した。 結果、フェルスタッペンは、2台を抜き、優勝した。 地上波での放送が終了してからほとんどF1は見ていなかったが、開幕のオーストラリアgpでフェルスタッペンが3位表彰台に上ったことを知ってから早送りで見るようになった。 早送りでフェルスタッペンの順位だけを確認していた。 オーストリアで優勝したときは、さすがホンダと思った。 トヨタとは違う。 その後、ドイツgpでも優勝した。 ハンガリーgpでフェルスタッペンがポールポジション、レースもほぼメルセデスと同様の速さをもっていた。 ハンガリーgp以降は突然、フェラーリが突然速くなったが、不正が疑われていた。 アメリカgpの前、指令書がでて、フェラーリは失速した。 ブラジルgpではフェルスタッペン感動的な優勝、ホンダが1 2。 最終戦もフェルスタッペンが2位になった。 昨年のホンダのF1での活躍には本当に自分自身も力をもらった。 アメリカgp以降は最初からレースを見るようになった。 今年は、本気でフェルスタッペンでワールドチャンピオンを狙っている。 フェルスタッペンのレースを見ているとチャンピオンになる前のアイルトン・セナを重ねてしまう。 肩の手術後、卓球では優勝がなかった。 昨年も年始の2位にはじまり、その後2位が2回あった。 特に9月の北本の年代別の試合は優勝できるならここしかないと思っていたけど結局、ほとんど負けいない人に決勝で負けた。 一般は悔しくて3位になったが、体力不足で最後は全然だめだった。 9月末に健康診断を受けたときに体重が大台を超えていたのでまずいと思った。 卓球ももうやることもなくなったと感じていたので、最後の手段として早朝に走ることにした。 過去、ゆっくり走っていまいちだったので、今回は、そこそこ早く走ろう、同時に走る前に念入りに準備運動をした。 11月に吉見町で卓球の試合にでた。 受付で「参加者が少ないのでチャンスですよ」と言われた。 予選1回目はいまいちだったけど2試合目から準備運動を念入りにやったら調子が上がってきた。 準々決勝までは順調だった。 準決勝はチビに大苦戦したけどフルセットで勝った。 決勝は、分が悪いと思った。 1セット目絶好調で11-0で取った。 11-0はよくないと分かっていたけど1点でも気を抜くと負けると思ったので本気で点を取りに行った。 2セット目もデュースで取った。 3-0で勝てないと負けると思っていた。 3セット目10-10に追いついた。 最後は12-10で勝った。 3年ぶりだった。 「ついにやった」。 司法書士 藤村和也.

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