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元宝塚、真帆志ぶきさんが死去 雪組トップスター、87歳|山形新聞

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来歴 [ ] 高校を中途退学してへ入学。 その後に入団。 芸名については「真っすぐに帆を張り、しぶきをあげて元気に行くようにと、(真帆の)父との二人に命名してもらった。 」(本人談話) として、公演『アメリカーナ/春のおどり』で初舞台を踏む。 宝塚入団時の成績は首席。 同期生に、らがいた。 当初へ配属。 早くから実力を開花させ入団4年目の花組公演『』のメイン級に抜擢される。 、に異動。 と互角の活躍をみせた。 限りで退団した明石の後任として同公演『/』で雪組主演男役を務める。 相手役は(加茂自身の専科転出まで)、(以降)が主につとめた。 、とに雪組トップを譲りへ異動。 第25回優秀賞受賞。 6月公演『』(初演)に特別出演、ソール役で主演。 また同年暮れには、にも歌手として初出場を果たした。 その後も各組の公演への特別出演のみならず、実力を買われて精力的に、、などへの外部出演もこなし、付 で宝塚を退団。 最終出演公演の演目は雪組公演『ザ・スター-さよなら真帆志ぶき-』。 退団後はの『』など多岐の団体の諸作品への出演も幾度となく行いキャリアを積んだが、近年の高齢化などもありここ数年はやワンマンショー、宝塚のOGイベント出演に活動の重点をおいている。 、古巣・宝塚歌劇団創立100周年記念で創設された『宝塚歌劇の殿堂』最初の100人のひとりとして殿堂入りを果たした。 3月9日、肺炎のため東京都内の自邸にて死去した。 87歳没。 人物 [ ]• 真帆の身長は164センチで、当時の男役としては破格の長身だった。 トップ披露公演となった『花のオランダ坂』では作家・の指導のもと演技開眼、宝塚歌劇団史に輝く三拍子そろった芸達者の誕生であり、熱狂的な "スータンファン"も多く、在団中にさる玩具メーカーから真帆を模した "スータン・ドール"という人形も作られたほどだった。 (人形化されたスターはなど非常に数が少ない)• これが8年あまりトップ在任がつづいた当時としても異例の"長期政権"を産み、そのスター性はら当時の雪組後輩男役組子の多くにも影響を与えた。 『』『』、サヨナラ公演となった『ザ・スター』などを作った鴨川のことを大変敬愛しており、鴨川も申し分のない実力と芸事への取り組みを見せた真帆には全幅の好感・信頼を寄せていたともいわれる。 出演 [ ] 宝塚時代の主な舞台 [ ]• 『国姓爺合戦』(花組、1955年12月2日 - 12月26日、)• 『メリー・ウイドウ』(花組、1957年1月1日 - 1月29日、宝塚大劇場)• 『春の踊り』第一部 花の歌舞伎、第二部 花のエキスプレス(花組、1957年5月1日 - 5月30日、宝塚大劇場)• 『戯れに恋はすまじ』(雪組、1958年11月1日 - 11月30日、宝塚大劇場)• 『春の踊り 日本の恋の物語 』『三文アムール』(雪組、1960年5月1日 - 5月30日、宝塚大劇場)• 『新・』(雪組、1960年9月2日 - 9月29日、宝塚大劇場)• 『残雪』『華麗なる千拍子』(雪組、1961年2月3日 - 2月26日、宝塚大劇場)• 『ブンガムラティ』(雪組、1961年6月2日 - 6月29日、宝塚大劇場)• 『花のオランダ坂』*初演 『ナンバー・ワン』(雪組、1962年7月3日 - 7月30日、宝塚大劇場)• 『皇帝と魔女』(雪組、1962年10月2日 - 10月30日、宝塚大劇場)• 『あなたは追われている』(星・雪組、1962年12月1日 - 12月27日、宝塚大劇場)• 『ハイウェイ・ブルース』『不死鳥のつばさ燃ゆとも』(雪組、1963年2月2日 - 2月27日、宝塚大劇場)• 『夏』『青春のバカンス』(雪組、1963年6月4日 - 6月30日、宝塚大劇場)• 『』(雪組、1963年10月31日 - 11月29日、宝塚大劇場)• 『』『これぞ! タカラヅカ』(雪組、1964年1月1日 - 1月28日、)• 『虹色のタングステン』『花のふるさと物語』(雪組、1964年3月27日 - 5月5日、宝塚大劇場)• 『レビュー・オブ・レビューズ』(花・雪組合同、1964年5月7日 - 5月31日、宝塚大劇場)• 『笹四郎の笛』『』(雪組、1964年10月1日 - 10月29日、宝塚大劇場)• 『海に生きる』『ブロードウェイ・テンペスト』(雪組、1964年12月3日 - 12月27日、宝塚大劇場)• 『楊妃と梅妃』『港に浮いた青いトランク』(雪組、1965年1月29日 - 2月28日、宝塚大劇場)• 『憂愁夫人』『レインボー・タカラヅカ』(月組、1966年1月2日 - 1月30日、新宿コマ劇場)• 『あゝそは彼の人か』(雪組、1966年3月2日 - 3月23日、宝塚大劇場)• 『南蛮屏風』『春風とバイオリン』(雪組、1966年4月28日 - 5月31日、宝塚大劇場)• 『』『ラブ・ラブ・ラブ』(雪組、1966年10月1日 - 10月27日、宝塚大劇場)• 『わが歌君がため』(星組、1966年10月29日 - 11月30日、宝塚大劇場)• 『忘れじの歌』『タカラジェンヌに乾杯』(雪組、1967年3月2日 - 3月23日、宝塚大劇場)• 『おてもやん』『世界はひとつ』(雪組、1967年4月28日 - 5月31日、宝塚大劇場)• 『花のオランダ坂』*再演『シャンゴ』*初演(雪組、1967年9月1日 - 9月28日、宝塚大劇場)*『シャンゴ』は作• 『シャンゴ』*再演(雪組、1968年3月1日 - 3月26日、宝塚大劇場)• 『トリスタンとイゾルデ』『愛と夢とパーティ』(雪組、1968年6月29日 - 7月29日、宝塚大劇場)• 『ハリウッド・ミュージカル』(花組、1968年11月1日 - 12月1日、宝塚大劇場)作・演出• 『タカラヅカ'68』(雪組、1968年12月3日 - 12月26日、宝塚大劇場)• 『祭』『』(雪組、1969年2月1日 - 2月27日、宝塚大劇場)• 『』(雪組、1969年5月31日 - 7月3日、宝塚大劇場)• 『能登の恋歌』『ラブ・パレード』(雪組、1969年10月2日 - 10月29日、宝塚大劇場)• タカラヅカEXPO'70 『四季の踊り絵巻』『ハロー! タカラヅカ』(雪組、1970年3月14日 - 4月14日、宝塚大劇場)• 『春ふたたび』『フォリー・タカラジェンヌ』(雪組、1970年5月28日 - 7月1日、宝塚大劇場)• 『シンガーズ・シンガー』(雪組、1971年1月1日 - 1月28日、宝塚大劇場)• 『』-盗まれたカルナバル-(星組、1971年5月29日 - 6月29日、宝塚大劇場)- ソール• 『ノバ・ボサ・ノバ』-盗まれたカルナバル-(雪組、1971年、)- ソール• 『愛のコンチェルト-ある小さな星のお話-』(星組、1972年1月1日 - 1月27日、宝塚大劇場)• 『ポップ・ニュース』(花組、1972年9月2日 - 10月1日、宝塚大劇場)• 『シャイニング・ナウ! 』(全組合同、1972年12月2日 - 12月12日、宝塚大劇場)• 『愛のラプソディ』(雪組、1973年2月1日 - 2月27日、宝塚大劇場)• 『ファニー・フィーリング』(月組、1973年5月26日 - 6月28日、宝塚大劇場)• 『ラブ・ラバー-さよなら恋のベニス-』(雪組、1973年11月1日 - 12月2日、宝塚大劇場)• 『ロマン・ロマンチック』(月組、1974年1月31日 - 2月26日、宝塚大劇場)• 『花のオランダ坂』*再々演『インスピレーション』(月組、1974年6月27日 - 7月24日、宝塚大劇場)• 『ザ・スター』-さよなら真帆志ぶき-(月組、1974年11月2日 - 11月27日、東京宝塚劇場)• 『ザ・スター』-さよなら真帆志ぶき-(雪組、1975年2月1日 - 2月27日、宝塚大劇場) 宝塚外部および退団後の舞台 [ ]• 『』(1972年、) - チャリティ・ホープ・ヴァレンタイン 役• 『』(1975年、日生劇場、公演) - シルヴィア 役• 『アイ・アム・ミュージカル』(1978年10月、)• 『シーソー』(1978年12月 - 1979年1月、博品館劇場)• 『ザ・クラブ』(1981年6月・1983年2月、1989年5月、博品館劇場)• 『・』(1981年7月7日 - 15日、東京・国立劇場小劇場) コンサート [ ]• 真帆志ぶきリサイタル(1979年7月・)• 脚注 [ ] [] (1927年退団) ・・ (1934年退団) ・・ (1935年~1945年雪組組長、1945年退団) ・・ (星組から異動1936年~1938年花組へ一時異動1939年~1950年、1940年~1945年には副組長、 1945年~1950年には組長も担当、1950年演劇専科を新設し異動。 ~1972年10月31日) - (1972年11月1日~1980年8月31日) - (1980年9月1日~1985年4月30日) - (1985年5月1日~1988年11月29日) - (1988年11月30日~1993年3月31日) - (1993年4月1日~1996年6月30日) - (1996年7月1日~1997年7月30日) - (1997年7月31日~2002年2月11日専科へ異動) - (2002年2月12日~2002年9月23日) - (2002年9月24日~2006年12月24日) - (2006年12月25日~2010年9月12日) - (2010年9月13日~2012年12月24日) - (2012年12月25日~2014年8月31日) - (2014年9月1日~2017年7月23日) - (2017年7月24日~) '・・'先代次代関係なし。 '-'は先代次代関係あり。

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真帆志ぶきさんが死去 元宝塚トップスター

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山形新聞からお知らせ• 【2020年8大事業】 山形新聞、山形放送の2020年の8大事業が決まりました。 詳しくは、• 山形新聞社は、インターネット交流サイト「フェイスブック(FB)」の公式ページを新設しました。 公式ページでは山形新聞のニュースのほか、本社からのお知らせなどを中心に紹介します。 アドレスは、• 読者限定の電子版「やましんe聞」で動画を閲覧できる新サービスを始めました。 詳しくは、から。 検索機能も備えています。 アクセス方法は• 他社DB横断検索が便利な、、•

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名前の由来 芸名 真帆志ぶきさんの芸名の由来は、 「真っすぐに帆を張り、しぶきをあげて元気に行くように」という願いを込めて名付けられました。 名付け親は父親と宝塚歌劇団の劇作家、演出家の堀正旗(ほりせいき)さんです。 愛称 真帆志ぶきさんの愛称の由来は、 「スータン」は旧姓の「鈴木」からきています。 本名 真帆志ぶきさんの本名は名和富美子(なわふみこ)さんです。 真帆志ぶきさんのプロフィール 芸名:真帆志ぶき(まほしぶき) 改名後:眞帆志ぶき(まほしぶき) 本名:名和富美子(なわふみこ) 旧姓:鈴木(すずき) 愛称:スータン 生年月日:1935年2月5日 年齢:79歳(2014年) 身長:164㎝ 血液型: 出身地:神奈川県川崎市出身 学歴:川崎高等学校出身 職業:女優、歌手、元宝塚歌劇団・雪組・男役トップスター、39期生 エピソード 真帆志ぶきさんは 人形の「スータン・ドール」が作られました。 1950年に宝塚音楽学校に入学しました。 1952年に39期生として宝塚歌劇団に入団しました。 月組公演に「アメリカーナ」「春のおどり」での初舞台後に 花組に配属されました。 1960年に雪組に組替えしました。 1962年に雪組の男役トップスターに就任し、 相手役は加茂さくらさんになりました。 「花のオランダ坂」「ナンバー・ワン」がお披露目公演になりました。 1969年に相手役が大原ますみさんになりました。 1970年に専科に異動しました。 1971年に第22回NHK紅白歌合戦に初出場しました。 1975年に雪組公演の「ザ・スター-さよなら真帆志ぶき-」で退団しました。 退団後は女優として舞台などで活躍しています。 2014年に「宝塚歌劇の殿堂」に殿堂入りされました。

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