ブラームス ピアノ。 ブラームス、ピアノソナタ 第3番

6つの小品 Op.118/6 Stücke Op.118

ブラームス ピアノ

ブラームスのピアノ協奏曲の第1番に続いては第2番です。 昔は1番に比べて2番のほうを好きな度合いがずっと強かったのですが、ルプーの素晴らしい1番の生演奏に触れてからはその差がずっと縮まりました。 それでもやはり2番を上位に置きたいのは、スケルツォに相当する素晴らしい第2楽章が有るからです。 もしも2番にこの楽章が無くて、1番と同じ3楽章構成だったとしたら、2曲のポジションは逆転するかもしれません。 ブラームジアーナーの心をぐらぐらと揺さぶるこの楽章の存在は大きいと思います。 この曲は既に、それにで愛聴盤をご紹介しました。 今回はそれ以外のディスクについてのご紹介なのですが、ところがどっこい、それは単なる落穂拾いなどでは無く、大変に個性的なつわもの達が登場します。 それが今では、実にゆったりとして味わい深い演奏に感じられます。 年齢のせいでしょうね(苦笑)。 まず当時のウイーン・フィルの弦と管の柔らかい音が素敵です。 3楽章など絶品と言えます。 クナもライブの豪快さとは違って、気楽にくつろいでいるかのような演奏ですが、それでいて所々で聞かせる濃い味わいはさすがに巨人指揮者です。 カーゾンも力みやハッタリの全く感じられない誠実なピアノで好感が持てます。 音質もオリジナルのモノラルでリマスタリングされて明解になり、ステレオ録音と間違えるほどです。 一番のマイナス点は、カラヤン時代のベルリン・フィルの余りに押し出しの強過ぎる音です。 (カラヤンのブラームスの交響曲も同傾向の演奏でした。 )ブラームスに外面的な迫力は不要です。 ギレリスも力強い打鍵はたいそう立派なのですが、金属的な音は好みませんし、弱音にデリカシーが有りそうでいて、その割に心に響いては来ません。 もっとも、これはあくまで僕個人の印象ですので、もしも未聴の方は是非ご自分の耳でお聴きになられてみて下さい。 しかもピアノはアラウですので、興味芯々です。 これはローザンヌ音楽祭のライブ録音ですが、音質は明瞭です。 冒頭から両者が相手に合わせると言うよりも自分のペースで演奏する感が実に楽しいです。 これでこそ一期一会のライブです。 それでいて、いつの間にか両者ががっぷり四つに組み合ったスケール大きい演奏にぐいぐい惹きこまれてしまいます。 スタジオ録音だと案外と退屈してしまうことのあるアラウは実演のほうが断然面白いと思います。 1番の演奏も良いですが、2番は更に良いと思います。 遅めのテンポでゆったりとした構えにとても安心感が有ります。 音も美しく、テクニックにも充分余裕が有りますが、聴き手を驚かすようなこれ見よがしな表現が全くありません。 サヴァリッシュの指揮も同様で、とてもピアノに相応しい極めて誠実な音楽造りをしています。 ピアノはアックスです。 この演奏には、あの交響曲全集の重厚で味わい深いブラームスそのものが有ります。 例によって念押しするリズムが極めてドイツ的ですが、もたれることはありません。 内声部の音が大きく物を言っているのも流石はザンデルリンクです。 驚かされるのはアックスが、実にドイツ的で重厚なピアノを弾いていることです。 この人って、こんなに素晴らしい演奏家でしたっけ?アメリカ人かと思っていたら、ユダヤ系のポーランド人なのですね。 両者の演奏は、1楽章から素晴らしいですが、2楽章の巨大な波に揺さぶられるような音楽の大きさはどうでしょう。 3楽章の味わいの深さも並みではありません。 4楽章は肩に力の入らない悠然とした歩みですが、やはり味が有ります。 デジタル録音による音質も優秀で、正規盤でも充分に通用するほどです。 <後日記事> こんばんは。 アラウのライブ録音なら、ギブソン指揮の63年録音(BBCLegends)もありますが、これは60歳前後の演奏なので、やっぱりテンション高いです。 マルケヴィッチとのライブ録音は76年なので、この曲を弾くには技巧的に少し不安な気がするので、まだ未聴ですが..。 アックスのライブ録音もあるのですね。 スタジオ録音は聴きましたが、第4楽章が軽快でわりと良いと思ったのですが、全体的に印象が弱い気がしました。 ザンデルリンクなら、第1番のレーゼルとのライブ録音を最近手に入れました。 レーゼルの2番のライブ録音(別の指揮者だったはずです)も出てますが、どちらもブラームスにしては、さっぱりした叙情感で、コクがない感じがします。 レーゼルは、やっぱりベートーヴェンの方が好きですね。 投稿: 2011年11月30日 水 23時13分 こんにちわ。 バックハウス(pf)ベーム(con)ウィーンフィルのCD(decca)を職場の後輩から借りました。 早速、聴いてみましたがご解説のとおり、よろしいですね~。 私のCD、ホロヴィッツ(pf)トスカニーニ(con)より張りつめていなく穏やかで録音の音質もいいです。 貸してくれた職員は43歳の男ですが、私なんかより広く音楽を聴いていました。 クラシック離れの時世にあって、クラシックの愛好仲間ができたことは喜ばしいことです。 また、隣の席の女性職員も携帯電話に音楽を入れて聴いているとのことなので、なんの音楽か尋ねたところ「のだめのカンタービレからダウンロードして聴いています」とのことでした。 タイトルを見ましたらベートーヴェンのピアノソナタ31番やショパンのピアノソナタ3番などでした。 のだめ、とやら漫画が元らしいですが、クラシックを気楽に広めてくれて、大したものですね。 私は、のりやすい人間なので、ショパンのピアノソナタ3番の出だしを口ずさんだところ、ちゃんと次のメロディーを彼女が続けて口ずさんだので、人は見かけによらずクラシックを好きなのだと再認識しました。 これで身近なところにクラシックを語れる人がいるので、職場も楽しいですよ。 それで、毎日の通勤電車ではブラームスの交響曲第2番を聴き続けています。 (ジュリーニ:ウィーンフィル) 投稿: たつ 2011年12月 3日 土 22時07分 こんにちわ、まつやすです。 暑いですねえ! この暑いなかにブラームスのピアノ協奏曲ばかり聴いています。 先日のポリーニのSKDとのライブを見て急に旧録音が聴きたくなりベームとの一番とアバドとの二番をゲットついでグティエレスとプレヴィンの一番と二番も仕入れてきました。 ポリーニのテレビ放送での映像は大変に感心したので若いときの演奏を急に聴きたくなったのです。 ベームとの一番は悪くはないのですが良い点が私には見つけられませんでした。 ところがアバドとの二番は大変気に入りました。 明るいのです。 この曲は南向きの要素がたぶんにあることが知られていてこういうブラームスってありなのです。 二楽章に引き付けられました。 なんでこんな演奏を今まで聴かなかったのだろう、いや聞いていたはずだけどわすれていたんですね、きっと。 これも一番の第一楽章は少し弱いものの楽章を追うにつれ素晴らしくなっていく。 こういう明るい一番私は好きなのです、そして二番 こちらはさらに素晴らしく理想的な二番の演奏と言えるほど私にはしっくりときました。 ともかくプレヴィンのブラームスはどれをとってもやさしく明るいのです。 余白のハイドンバリエーションも悲劇的序曲も素晴らしいものでした。 長くなりましたが、昨日の感想でした。 投稿: まつやす 2013年8月11日 日 11時03分 ケイファームさん、はじめまして。 コメントを頂きましてありがとうございます。 とても嬉しく思います。 アシュケナージというとハイティンク盤でしょうか? 元々アシュケナージは余り好まないので、未聴です。 ただ、聴かず嫌いもいけないので、そのうちにとは思っています。 当時のバックハウスは何しろ高齢ですからね。 でも、84歳には思えない演奏だと思いますが。 バックハウスの晩年の演奏が好きな方は、技巧が決め手では無いと思いますよ。 例えてみれば、人間国宝のような味わい深い芸風は、技巧の冴えだけでは真似のできないものだと思います。 結局のところは好みの問題であり、聴き手が演奏に何を求めるかの違いなのではないでしょうか。 どうもありがとうございました。 またいつでもお気軽にコメント下さい。 楽しみにお待ちしております。 投稿: ハルくん 2014年3月18日 火 16時26分 元HNそうかです。 2番はこういうピアノ協奏曲を作りたかったんだと感じました。 美しさと力強さを兼ね備え、渋いだけがブラームスじゃないぞと思いました。 誤解されている方が多いのですが、「厚木基地」は厚木にはありません。 あれは大和市と綾瀬市に有ります。 ですので厚木を戦闘機が飛ぶことは無く静かなものです。 むしろ藤沢とか座間とか飛行ルートのほうがうるさいのでしょうね。 第1番の導入部が嫌いというのは理解できます。 ブラームスというよりもワーグナーのようですからね。 特に聴かれているギレリス盤ではベルリンフィルの音が物凄く、更にそのように感じます。 別の演奏もぜひ聴かれてみて欲しいです。 また今度試しに第2楽章だけを聴いてみてください。 夜、部屋を暗くして、窓から月明かりでも差し込めば最高の条件なのですけれど。 ブラームスの凝った職人技法は独特のもので本当に素晴らしいです。 それでいてヴァイオリン協奏曲などは無条件に楽しいですよね。 投稿: ハルくん 2017年3月 2日 木 10時28分 ピアノ協奏曲第1番 指揮:クルト・ザンデルリンク ピアノ:エレーヌ・グリモー 演奏:ベルリン・シュターツカペレ ハルくん様がおすすめの上記を購入しました。 導入部を聴いたらあまりうるさいと感じませんでした(ギレリス盤と比べて) 全体では交響曲とピアノソロを混ぜた様な曲と感じました。 ギレリス盤では嫌いな曲となりましたが、グリモー盤ではピアノソロ部が美しい曲で嫌いではない曲となりました。 ピアノ協奏曲第2番はバックハウス盤 DECCA を買いました。 モーツァルトの同第27番がカップリングされているCDです。 ギレリス盤で第2番は好印象だったので、聴くのが楽しみです。 これから聴きます。 ちなみに私はショスタコーヴィチのヴァイオリンとピアノのためのソナタを雑音と感じる感性の持ち主です。 投稿: 藤沢市民 2017年3月 5日 日 23時55分 ブラームスのピアノ協奏曲に対する考え方を、私なりに考察してみました。 あくまで私個人の考えで正しいとは限りません。 ですので読まれた方は気分を悪くされないでください。 ブラームスに限らず協奏曲は第3楽章で終わる曲が多い中、第2番は第4楽章まで書いています。 これは多くの交響曲と同じです。 第4楽章まで書いた事により、ブラームスは交響曲的ピアノ協奏曲を作りたかったのではないか?という思いが私の中で強くなりました。 第1番では交響曲とピアノが分かれてしまい、融合が出来なかったので第3楽章まで。 第2番では交響曲とピアノが上手く融合が出来たので、第4楽章まで作った。 と思います。 最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。 投稿: 藤沢市民 2017年3月 7日 火 00時50分.

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田部京子インタビュー「ブラームス ピアノ・ソナタ第3番に抱く、特別な想い」 『ピアノ・リサイタル シューベルト・プラス第6回』

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音楽・音声外部リンク 全曲を試聴する - リーズ・ドゥ・ラ・サール(ピアノ)、アンドレス・オロスコ=エストラーダ指揮hr交響楽団による演奏。 hr交響楽団公式YouTube。 ピアノ協奏曲第1番 ニ短調15は、の初期の代表的作品の一つで、最初に作曲された。 としても『』の次に書き上げられ、に完成された。 1 d-Moll op. 15()• 作曲時期:から。 初演:ににて、作曲者ブラームス自身の独奏ピアノ、のによる。 完成当時は評価が芳しくなかった。 ハノーファー初演は一応成功したものの、5日後の初演が行われたとき、聴衆は退屈のあまりに非難の野次を飛ばしたという。 ブラームスはヨアヒムに宛てて「僕はただわが道を行くだけです」と書き送ったが、悲しげに「それにつけても野次の多さよ! 」と付け加えている。 作曲の経緯 [ ] ブラームスは最初からを書こうとしたわけではなく、紆余曲折を経て完成している。 元々は1854年3月に3楽章構成の『のための』として書き上げられたものが原型である。 しかしブラームスはと何度か試奏してピアノという形に不満を抱きはじめ、1854年の7月にはに書き直そうと考えてに取りかかったが、この作業にも行き詰まってしまう。 だが1855年2月に協奏曲にしたらとひらめいたことで 現在のスタイルの外形が出来上がった。 ただしこの時点では、第2楽章は最終的なものとは別()だった。 さらに、クララ・シューマンや親友のの助言を受け、彼らが納得いくまでブラームスは改訂を加えている。 クララによれば第1楽章は1856年10月1日に完成、そしてブラームスの私信によればフィナーレは12月、そして新たに書き出した第2楽章は1857年1月に完成している。 特徴 [ ] 初期のによると同じように、懊悩と煩悶、激情といった、後年のブラームス作品には見られない表情が顕著である。 ことこの曲については作曲時期にブラームスが内面の危機を抱えていた事が大きい。 に恩人が他界し、残された私信などから、その頃のブラームスは未亡人となったクララに恋愛感情を抱いていた可能性が考えられる。 また、初演当時まだ25歳という若さもあってか、冒険的な要素も多い。 例えば伝統的な協奏ソナタの主題提示と異なり、第1楽章の第2主題はピアノにより提示されることや、のによる協奏曲のように、を独奏楽器の単なる伴奏として扱うのではなく、独奏楽器と効果的に対話させてシンフォニックな融合を目指したことなどが挙げられる。 ただしブラームスの努力は本作では完全には実現されず、かなり後のやにおいて具現化された。 古典的な3楽章構成を取ってはいるものの、全体の長さ、特に第1楽章が協奏曲の一般的な概念から考えてもいささか長大であったり 、当初から「ピアノ助奏つきの交響曲だ」という指摘が多かったように、同時代の同ジャンルの曲に比べて内容が重くピアノが目立たないというのも異例だった。 また、成熟期の作品に比べるとまだが未熟で、とりわけ楽器間のバランスに問題があるなどの欠点を抱えた作品である。 しかし、先述のようなブラームスの初期作品ならではの情熱的な表現をはじめとする、管弦楽法の未熟度などの欠点を補って余りある魅力に加え、作曲様式においては(クララ・シューマンなどのアドバイスも相俟って)非常に練れた作品であり、時が経つにつれて作品の評価も高まっていった。 現在ではその壮大な的な構想や、見栄えのするピアノの超絶技巧、初期作品ならではの情熱的で気魄に富んだ表現などから、ブラームスの初期の代表作として認知されている。 楽器法 [ ] 「ピアノ助奏つきの交響曲」との評価はあるものの、後年のに比べれば、ピアニストの腕を見せる技巧的なパッセージも少なくない。 レパートリーにしているピアニストも多いが、ブラームス自身がかなり卓越したピアニストであったため、技術的には難しい部類に入る。 特に第1楽章の『ブラームスのトリル』と呼ばれる、右手の親指と薬指で、小指で一つ上の音を続けて演奏するが有名。 この部分は特に薬指と小指を酷使するため、左右の手で交互にオクターヴを弾くピアニストもいる。 オーケストラについては、ブラームスの楽器の好み、とりわけやへの興味が早くも現われているが、どちらのパートも演奏が難しいために悪名高い(レパートリーの多いでさえ録音を残していない)。 編成 [ ] 、2、2、2、2、2、4、、 演奏時間 [ ] 当時の協奏曲としては非常に長く、50分にも及ぶ長大なものである。 第1楽章:20 - 25分• 第2楽章:15 - 18分• 第3楽章:11 - 14分 楽章構成 [ ] 以下の楽章より構成されている。 第1楽章 Maestoso 4分の6拍子。 Allegroなどの速度標語を使わず、Maestoso 堂々と、威厳をもって とのみ書かれており、極めて珍しい。 第1主題はのとニ短調のオーケストラの和音に乗ってで始まる。 経過句になってようやくニ短調となるが、このような出だしの調性をぼかす手法はブラームスの作品にたびたび登場する。 の副主題を経て、風にピアノ独奏が始まる。 第2主題はでピアノ独奏が提示する。 展開部では主に第1主題が取り上げられ、定石とは異なりで第1主題が再現され、主調に転ずる。 副主題、第2主題再現を経て副主題の音価を短くした激しいコーダで締めくくられる。 は置かれていない。 第2楽章 Adagio 4分の6拍子。 とによる、下降音形の主部に対して、中間部はピアノによる強奏がコントラストをなす。 曲の最後に短いカデンツァがある。 なお、で祈祷文の一節『』が引用されており、これはシューマンの死後の平安を祈ったものとも、夫を喪ったクララ・シューマンの悲しみを慰めようとしたものとも伝えられる。 ブラームスはクララへの手紙の中で、この楽章を新たに書き起こしたことについて「あなたの穏やかな肖像画を描きたいと思って書いた」と述べている。 第3楽章 Rondo: Allegro non troppo ニ短調~ニ長調 2分の2拍子 バロック風のピアノによるロンド主題を中心とした。 ABACABの形をとる。 2つの副主題はロンド主題が派生したものと考えられる。 中間部では副主題によるが展開される。 ロンド主題の再現後、2つのカデンツァがあり、最初のカデンツァでニ長調になり、ロンド主題がテンポを緩めて再現した後、第2カデンツァを経てPiu animatoとなり、華麗に曲を結ぶ。 脚注 [ ].

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ブラームス:《ピアノのための6つの小品》 Op.118

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間奏曲 イ短調 アレグロ・ノン・アッサイ、マ・モルト・アパッショナート【Allegro non assai, ma molto appassionato】• 間奏曲 イ長調 アンダンテ・テネラメンテ【Andante teneramente】• バラード ト短調 アレグロ・エネルジコ【Allegro energico】• 間奏曲 ヘ短調 アレグレット・ウン・ポコ・アジタート【Allegretto un poco agitato】• ロマンス ヘ長調 アンダンテ【Andante】• 間奏曲 変ホ短調 アンダンテ、ラルゴ・エ・メスト【Andante, largo e mesto】 ピアノ作品の作曲家としてのブラームスは、18歳の時に作曲した最初のピアノ曲「スケルツォOp. 4」に始まり、初期から中期にかけては雄大なソナタや変奏曲を書き、精力的な作品を多く作曲しました。 5つの小品集は後期に入り書かれた作品で、その晩年はスケールの大きい作品とは訣別し、ブラームス自身「自分の苦悩の子守歌」と呼んだ小品集がいくつか生み出されました。 その殆どは1892年に作曲されたもので、「幻想曲集」Op. 116、「三つのインテルメッツォ」Op. 117、「ピアノ小品集」Op. 118、「ピアノ小品集」Op. 119があります。 小品集で見せるブラームスの表情は人生も晩年を迎えた穏やかなもので、ブラームスは小品の中でも落ち着いた曲調の作品に好んで「間奏曲」の題名を付けました。 晩年の小品集を予告するものとしては、既に1878年に作曲された「八つのピアノ小品集Op. 76」がありますが、そこで見られる「カプリッチョ」や「インテルメッツォ」といった小品が、晩年の一連の小品集でも重要な構成要素を成しているのです。 『ピアノのための6つの小品』Op. 118は、1892年の夏に上部オーストリアの保養地イシュルで完成していますが、1880年にイシュルで夏を過ごしたブラームスはこの避暑地が気に入って、1889年からはここで毎夏を過ごすようになりました。 オーストリア湖水地方バート・イシュル 1893年12月に「四つのピアノ小品集」Op. 119と共に、ジムロックからブラームスの存命中に出版され、クララ・シューマンに献呈されています。 なお、初演は1894年にロンドンで行われました。 ブラームスからこの作品の印刷譜を受け取ったフィリップ・シュピッタのブラームス宛ての返信(1893年12月22日付)が、この作品の内容を的確に表現しています。 「あなたのピアノ曲集はいつもわたしの頭を離れません。 これはあなたが今までピアノのためにお書きになったものとは全く違っていて、私の知っているあなたの器楽曲の中で、最も内容豊富で最も意味深いものです。 これは静寂と孤独の中で長い時間をかけて呼吸するのに適したもので、弾いた後ばかりでなく弾く前の黙想にも適したものである。

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