ジョン ディーコン。 QueenのドラマーRoger Taylor(ロジャー・テイラー)の魅力

ジョン・ディーコンのプロフィール

ジョン ディーコン

・本名:ジョン・ディーコン(John Deacon) ・出生名:ジョン・リチャード・ディーコン(John Richard Deacon) ・生年月日 1951年8月19日(2018年現在、67歳) ・身長:180cm ・出身地:イングランド レスターシャーオードビー ・担当楽器 :ベース、ギター、キーボード(クイーンでは、ベースを担当) ・活動期間 1965年~1997年 7歳の頃に両親から玩具のギターを買い与えられたのがキッカケで、音楽に興味を持つようになった、ジョンディーコン。 音楽と並行して機械いじりにも興味があり、無線装置で遊部のが大好きだったそうです。 この機械に対する興味が後々、彼の進路と音楽活動に影響を与えたのでしょう。 スポンサーリンク ジョンディーコンの学歴は? クイーンのメンバーは、どの人も高学歴で、ジョンディーコンもその1人です。 ジョン・ディーコンはBeauchamp Grammer Schoolを優秀な成績で卒業すると、1969年にロンドン大学(London University)のChelsea Collegeに入学し、電子工学を専攻しています。 翌年の1970年に、QUEENに加入したジョン・ディーコンは、1972年に同校を首席で卒業して名誉学位を与えられています。 ですが、QUEENとしての活動が成功するかどうか、疑わしく思っていたジョンディーコンは、音楽活動に専念することはなく、修士課程に進んで研究を続けることを選びました。 その後、QUEENとしての活動が成功し、バンドが忙しくなると修士課程を終えることなく、音楽活動に専念しています。 そこにいたベーシストが脱退したことで、ジョンは ベースに転向します。 大学在籍時は、趣味程度のバンドを組んでいたのですが、受けるオーディションはすべて落選したそうです。 その後、1971年に友人と行ったディスコで、ブライアン・メイとロジャー・テイラーに会い、 ベーシストが定着していなかったクイーンのオーディションを知らされます。 面接を受け採用されることになったジョンですが、採用の決め手が、ベースの腕前だけでなく 謙虚な人柄だったというのも彼らしいエピソードです。 ジョンの温厚な人柄のお陰で、メンバー間の衝突で何度か訪れたバンド解散の危機が、救われてるんですよね~。 地味な印象のあるジョンディーコンですが、彼が作曲した、主なクイーンのシングル曲を紹介しますね。 「地獄へ道づれ(Another One Bites the Dust)」(全米1位、全英7位)クイーン最大の200万枚以上の大ヒット曲となった。 「ブレイク・フリー(自由への旅立ち・I Want To Break Free)」イギリスで最高位3位• バック・チャット(Back Chat)」 全英チャート40位)• ベーシストは 「縁の下の力持ち」とよく称されるそうですが、ジョンディーコンには、まさにこの言葉がピッタリですね。 スポンサーリンク ジョンディーコンのソロ作品 ジョンディーコンは、ボーカルを担当しなかったので、クイーンの他のメンバーのようにソロアルバムを発表することはありませんでした。 ですが、クイーン以外のミュージシャンとコラボレートして発表した作品があります。 1983年に、シン・リジィのスコット・ゴーハム、バッド・カンパニーのサイモン・カークとミック・ラルフス、プリテンダーズのマーティン・チェンバースらと、「MAN FRIDAY and JIVE JUNIOUR」名義で、ジャム・セッションから生まれた「Picking Up Sounds」です。 スポンサーリンク ジョンディーコンの引退理由は? ジョンディーコンは、クイーンのボーカルであるフレディ・マーキュリーを1人のアーティストとして尊敬していて、 「クイーンのボーカルは、フレディマーキュリーしかいない。 」と発言しています。 ジョンは、1986年のインタビューで既に「夢に想い描いていたことは、全てが叶ってしまった。 これから何をしたらいいんだろう?」言っていたそうです。 フレディが自身の病を打ち明けていた頃だったので、その頃から退くことを考えていたのかもしれません。 フレディは1991年に亡くなってしまいましたが、それでも、そこから更に10年も踏みとどまってくれたのは、何か思うところがあったのかもしれないですね。 実際、その後の音楽活動には消極的で、 追悼コンサートの参加にも、ブライアンメイとロジャーテイラーの説得によって、ようやく参加を決めたそうです。 「フレディの声以外で、クイーンの曲を演奏するのは考えられない。 」と以降もほとんど参加せず、 事実上の引退となっています。 現在は、時々自分のファンサイトに自ら書きこみすることがあるそうです。 ボヘミアンラプソディーの映画制作にはかかわっていませんが、もしかしたら日本での映画の大ヒットに何らかのメッセージがあると嬉しいですね。 笑っていいとも! 出演時のロジャーテイラー とジョンディーコン。 Hoy En 1975 John Deacon de QUEEN se casa con Veronica Tetzlaff en Londres. — Nestor Martin Martinestor 6人の子供さんがいるそうで、5人の息子さんと1人の娘さんです。 子供さんの名前です。 ・Cameron Deacon ・Josha Deacon ・Laura Deacon ・Robert Deacon ・Michael Deacon ・Luke Deacon この中で、息子の一人である、ルーク・ディーコンさんの画像がありました。 お父さんとソックリですね~。 ずっとユーチューブ見ちゃう。 今日こそはジムに行きたいのに、、 フレディも最高だったけど、ジョンディーコンの人柄も最高だったなぁ。 — みー MiyukiMay09 フレディマーキュリーが亡くなってしまったことで、音楽活動を引退するほどの尊敬する人がいるって、ジョンディーコンは幸せですね~。 ジョンディーコンは、目立たない感じがするけど、クイーンの音楽には絶対的に欠かせないメンバーだったというのが映画を通して伝わってきました。 もし、フレディが今も生きてたら、ジョンディーコンもクイーンのメンバーとして日本に演奏に来てくれてたでしょう!! 最後までお読みいただき、ありがとうございました~。 また、全国各地で開催予定のクイーン関連のイベントがあれば、 新着順 に公開しています。 映画を見て、クイーンや、フレディマーキュリーを好きになった方は、参考にして下さい。 【2020年6月 wowowで放送】 ボラプ映画やクイーンの番組 クイーンに関する映画や番組がwowowで、6月に放送されます。 ブライアン・メイが監修した全天周映像作品 「QUEEN -HEAVEN-」(80分)の上映がスタートしています。 【追記】 新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、 2020年6月以降も臨時休館を継続するとの発表がありました。 事前に購入したチケットの払い戻しについては、をご確認ください。 ・立ち上がっての鑑賞、足踏み、絶叫、大声での歌唱など周囲のお客様のご迷惑になる行為はご遠慮ください。

次の

ジョン・ディーコンの名曲 ベスト10 : STERNNESS DUST α

ジョン ディーコン

ついに、 歴代1位と言われきた「美女と野獣」(124億円)を超えました! 実は、日本でのクイーンブームはこれで 3回目と言われています。 最初のブームが、黄金期と言われた 1975年。 次が、 2004年に木村拓哉が主演したドラマ「プライド」のタイアップ曲として使われた時。 そして、3度目のブームが今回で、今まで クイーンのことを知らなかった世代にも楽曲の良さが広まっているようです。 このようになると、クイーンの音楽だけでなく、メンバーの仲や学歴など、 メンバーのパーソナルに関しても「知りたい!」という方が増えています。 あわせて読みたい! それで、この記事では、 クイーンメンバーの性格に関してご紹介しますね。 映画を観ていない方は、性格に関してもかなり理解できますので、まずは映画を観るようにおすすめします! では、映画にも描かれているクイーンメンバーの性格を一人ずつまとめてみましょう。 メンバーの中でも、 プロ意識がとても強く、ステージでお客を楽しませることや、売れていくことに関して、他のメンバーより、 「よく考えていた」ことがすごくわかる性格ですね。 もちろん、奇抜なところや無鉄砲なところもあり、度々、メンバーやスタッフとトラブルや口論にもなっていますが、衣装だけではない、音楽性やバンドの見せ方に関して、 「フレディのアイデアがなければ、クイーンはあそこまで有名にはならなかった」という評価は多いですね。 1975年の雑誌のインタビューで、ブライアンはフレディに関して、 「彼のことを傲岸不遜だと思ってる人もいるだろうけど、実際のところ、彼が不遜な態度をとるのは、それが許されると分かっている時だけなんだよ。 バンドが今いるポジションまで到達することができた最大の理由のひとつは、間違いなく彼というドライビング・フォースがあったからだ。 」 と語っています。 このような、 頭の良さ、特異な感性、センスやアイデアを持ち合わせ、度胸を試すようなところも戦略的にありましたが、それでも、メンバー間では、 基本的にシャイで誠実さを持っていたようです。 やはり、このような天才的なセンスを持っている人は、そこが受け入れられないと周りとトラブルになりますが、でも、 基本的な人格の良さがあるので、一時期の不仲があっても関係を修復することができるんですね。 映画製作後のブライアンたちのフレディに関するコメントなどを聞いていても、フレディがトータル的に 「ボーカルとしてだけでなく、人間として愛されていた」ことがよく伝わってきましたね。 cocolog-nifty. html ブライアンは、 多くのヒット曲を作成し、バラエティに富んだ メロディー作りでバンドに貢献した支え手でした。 宇宙工学の研究者、中学の教師などの職歴からも、ブライアンは フレディとは対照的に落ち着いて、理性的に判断ができる、いわばバンドの「女房役」であったと思います。 ブライアン自身も、特にバンドの根幹である 作曲面に関して、間違いなく 類まれな能力を持っていました。 しかし、他の才能のフレディと衝突する時にも、 最後まで強硬に言い張るようなことはあまりなかったようです。 何かのトラブルや障害があると、 いつも落ち着いて建設的に対応しようとするのがブライアンでした なので、 フレディもブライアンが暴走をある程度止めてくれて、良い曲を書き続けてくれたことに感謝していたようです。 この面では、確かに、 ブライアンの真面目、冷静沈着、そして芸術性のある性格がクイーンを支えていたことは事実ですね。 バンドが有名になっていっても、ライブエイドのあの群衆を前にしても、ブライアンは必要以上に 興奮することなく、自分の仕事を楽しみ、盛り上げながら果たしました。 そして、フレディの死後のショックで、 うつ病になりアリゾナの医療施設で治療するほど、 純粋にフレディや他のメンバーを愛せる性格でした。 確かに、ブライアンは、 「人間としても、ビジネスマンとしても信頼できる性格」であったことが分かります。 naver. 後期には、ドラマーでありながら、作曲面でも才能を発揮しましたね。 しかし、ロジャーの一番の魅力は、 「外見に似合わない性格だ」と評価するファンは多いです。 実は、 メンバーの中では、1番男っぽく、やんちゃで、おちゃめです。 この点は映画でもよく描かれていましたね。 フレディとまず対立するのが、ロジャーでした。 納得できないことは、応じない!という性格がよく表れていました。 この辺りはブライアンやジョンとは正反対でした。 どちらかというと、いわゆる 「ロックンローラー」的な性格がロジャーだっと思います。 なので、女性だけでなく、 ロジャーの男性ファンも昔から多いんですよ。 しかし、単なるわがままではなく、 いったん納得したら、全力で協力したり、盛り上げる点は他の誰よりも切り替えが早かったようです。 「自分に向かない!」と、せっかく入学した歯学部大学をあっさり辞めながらも、別の大学に入り直し、 学位を取得するあたりにも、その 「わがままさと賢さ」が共存している点がよく表れていますよね。 このような、よくわかりやすい性格だったので、ロジャーは女性だけでなく、 スタッフや周りの人々も接しやすかったようですね。 特に、頻繁に映画でも登場した、あの素敵な笑顔が正直な性格をよく表していた、魅力的な人物でした。 uncyclopedia. 実際、映画でも、一番目立たなかったのがジョンではないでしょうか? クイーンメンバーのみんなが、 「ジョンとはけんかにならないんだ。 答が返ってくるのに1日かかるから」 「ジョンもね、いかにももの静かな古典的ベーシストなんだよ」 「みんなの中でも、ジョン・ディーコンが一番安定してる。 彼は岩みたいな奴でね」 など語っています。 特にジョンは 勉強熱心で、株式や契約の落とし穴などにも精通していました。 ブライアンとは違う形で、 バンドを軌道に乗せていく役割を果たしていたようですね。 しかし、ジョンも、単に大人しいだけではありませんでした。 「一皮向けば火のように激しいところがある」 「ジョンがうんと言ってくれなきゃ、僕等は何もできない」 「自信に満ちていたけど、ゆったり構えた感じでね。 彼にはどんな難問もなく、『ああ、出来るよ、それ』って。 」 このように、ジョンはマスコミや一般的には目立ちませんでしたが、 メンバー間では頼りにされる存在でした。 冷静かつゆったりと構えていた性格は、ベーシストには多いですね。 いかがだったでしょうか? 他の感想を持つ方もいるかと思いますが、少なくても、今回の映画爆発よりも数十年以上前から、私のように感じてきた方も多いかと思います。 やはり、クイーンの4人は、それぞれに 「人間的魅力」と「思いやり」を持ち合わせていたことが最大の魅力と思っています。 ロックバンドには珍しい、高学歴という事が、人間的な育ちにどのくらい影響したのか分かりませんが、 この点が今でも愛され続けている秘訣ですよね。 「ボヘミアン・ラプソディー」では、この面も実によく描かれていると感じました。 udiscovermusic. フレディ・マーキュリー 思いやりとわがままさが天才的に共存するスター的性格!• ブライアン・メイ バンドの「女房役」として、理性的に賢くバンドを導いた影の立役者!• ロジャー・テイラー 外見に似合わない、一番男気のあるロックンローラー的な性格!• ジョン・ディーコン バンドで一番大人しい性格だが、安定した信頼性のある構え方が高評価!.

次の

クイーンの元ベーシスト、ジョン・ディーコンの今

ジョン ディーコン

ジョンディーコンとは? その温厚な人柄が決め手となって1971年、クイーンのベーシストのオーディションによってクイーンの一員となったジョンディーコン。 来日した際は「笑っていいとも」にも出演しました。 先日公開された映画「ボヘミアンラプソディー」が話題になっている今、フレディーマーキュリーを愛してやまなかったジョンディーコンの現在を調べてみました。 身長は何㎝?ジョンディーコンのプロフィール• 本名: ジョン・リチャード・ディーコン• 生年月日:1951年8月19日生まれ 現在68歳• 出身地: イギリスレスターシャーオードビー• 活動期間: 1165年から1997年• 身長: 180cm• イギリスのロックバンド「クイーン」のベースギター担当 ロックバンドクイーンの中では1番年下だったジョンディーコンですが、その人柄からメンバーの仲裁役にもなっていたようです。 通称ディーキーアンプによって、ブライアンメイが愛用しているギター、レッドスペシャルによるギターテクニックとエフェクターの組み合わせで7つの音色を奏でることが可能だったそうです。 日本でもかわいいと人気!ジョンディーコンの画像は? 少し目尻の下がった優しいその笑顔は、ジョンディーコンの人柄が表れているものでした。 争い事を嫌い常に穏やかで人に優しいジョンディーコンそのものです。 日本でもその柔和で優しそうなルックスに「かわいい」とメロメロになるファンも多かったようです。 来日の時は、多くのファンが空港に詰めかけ、ジョンディーコンは黄色い声援を浴びていました。 妻とうまくいってない、メンバーに不満があったなど様々な憶測がなされましたが、中には体調のすぐれないフレディ・マーキュリーを心配するあまりに投げたとする声もあるようです。 ジョンディーコンは大ヒット映画「ボヘミアンラプソディー」を観た? ラミ・マレック演じるフレディーマーキュリーは、とても繊細で圧倒的で多くのクイーンファンを魅了しました。 メンバーにとっても、自分たちの歩いてきた足跡が描かれた映画に様々な思いが交錯していたと思われます。 フレディーマーキュリーを愛してやまなかったジョンティーコンは、果たしてこの映画を見ていたのでしょうか。 映画でジョンディーコン役を演じた俳優はジョゼフマゼロ この映画には、全く関与してないジョンディーコンでしたが、自分の役をやるジョセフマゼロのプロデューサーにお祝いの言葉と幸運を祈るメールを送ってくれたそうです。 優しく柔和なジョセフマゼロの顔立ちは、ジョンディーコンによく似ていてジョンディーコンの薬にふさわしい俳優だと言えるでしょう。 息子のルークディーコンはカメオ出演している この映画冒頭のシーンで、フレディーがスマイルのライブを見て、彼らを探しに行くために、扉を開けたすぐそこにルークが立っています。 この映画でルークは2回も顔を出しています。 映画承諾のサインしかしなかったジョンディーコンですが、息子が出演してることもあって、映画を見ている可能性高いかもしれません。 末の息子・キャメロンディーコンが映画のリアクション動画を投稿.

次の