やわ 肌 の あつき 血汐 に ふれ も 見 で さびし から ず や 道 を 説く 君 cm。 「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君。」秋☆彡のブログ | 北緯39度18分・・・そんな街で生きてます。

柔肌の熱き血潮に触れもみで悲しからずや道を説く君↑どういう意味です...

やわ 肌 の あつき 血汐 に ふれ も 見 で さびし から ず や 道 を 説く 君 cm

古典文学の時代から日本に伝わる詩のひとつに短歌があります。 五・七・五・七・七の三十一文字で自然の美しい情景を詠んだり、繊細な歌人の心の内をうたい上げます。 今回は、浪漫派の歌人として、女性の恋愛感情や官能をおおらかに詠い上げた革新的な女流歌人、与謝野晶子の歌 「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」をご紹介します。 「この私の柔らかい肌の熱い血のたぎりに触れてもみないで、さびしくはないのですか?人の道を説いているあなた。 」 という意味になります。 「目の前にいる男性が作者に向けて、熱く人の道を語っている。 しかし、私が欲しているものはそんなものではない。 この私の内にどんな想いが秘められているのか、あなたは知らないのですか?」と訴える、 胸にたぎる想いを表現した歌だと解釈できます。 情熱的な晶子の人柄から考えると、一見ストレートな表現と思えるこの句も、かなり抑制が効いた句となっています。 つまり、受け手である「君」にのみ、その裏に隠された情熱の炎が伝わる、メッセージ性の強い作品だと言えるでしょう。 文法と語の解説• 「やは肌の」 「やは肌」は、若い女性のやわらかい肌のことです。 この句の「の」は連体修飾格の格助詞です。 「あつき血汐に」 「あつき」は、「熱い」という意味の形容詞。 「血汐」は、現代の表記では「血潮」と表されることが多いです。 「に」は動作の対象を表す格助詞です。 「あつき血汐に」で「熱い血のたぎりに」という意味となり、「情熱」の比喩表現だと解釈できます。 「触れもみで」 「触れ」は、動詞「触れる」の連用形です。 「も」は係助詞。 「みで」は、補助動詞「みる」の連用形に、打消の接続助詞「で」を添えたもの。 「触れもみで」で「触れることもしないで」という意味。 「さびしからずや」 「さびしから」は、形容詞「さびし」の未然形です。 「ず」は打消の助動詞。 「や」は疑問の係助詞。 「さびしからずや」で「さびしくはないのですか」という意味。 「道を説く君」 「道」は、人の守るべき義理、教えのことです。 「を」は動作の対象を表す格助詞です。 「説く」は動詞。 「君」は「あなた」という意味。 「道を説く君」は、与謝野晶子本人の注釈によると、「道学者諸君」という意味だそうです。 現代の表現にすると「道徳を大事にする人」といったところでしょうか。 「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」が詠まれた背景 明治 33年 1900年 、歌会で与謝野鉄幹と知り合った晶子は、鉄幹が創立した新詩社の機関紙『明星』に短歌を発表していました。 そして、翌年に、初の歌集 『みだれ髪』を刊行します。 晶子は、家出同然で鉄幹のもとに走り、『みだれ髪』刊行後に、妻と別れた鉄幹と結婚しました。 このことから、 「道を説く君」の「君」は鉄幹であるとの説が有力です。 鉄幹の女性遍歴の激しさは有名で、女学校の教師時代に教え子に手を出し、退職。 その後、また別の生徒と恋愛関係になり結婚しました。 その後、晶子と再婚。 一方、晶子は愛に一途な女性で鉄幹との間に 12人の子供をもうけ、ほとんど稼ぎの無い鉄幹を支えるべく、来た仕事はすべて引き受けるなど、生涯創作活動を続け、 鉄幹と子供たちを愛し支え続けました。 「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」の鑑賞 【やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君】は、 目の前の男性に熱い思いをぶつける情熱的な恋の歌として、発表当時、大変話題になりました。 「あつき血汐にふれも見で」は、「熱い血のたぎりに触れてもみないで」と解釈できますが、言い換えると「あなたに恋焦がれている私に触れようともしないで」「この私の熱い思いを受け取ろうともしないで」という、 ストレートな愛情表現となっています。 その次の「さびしからずや」は「さびしくないのですか?」という問いかけ。 「問いかける」ことにより、目の前の「君」の心にグッと刺さる効果が生まれています。 「道を説く君」は「人の道を説いているあなた」という意味。 この言葉で、対象になった男性は「あぁ自分のことなのか」と理解する、男性の人となりを説明する言葉です。 このように、言葉の選び方に工夫が凝らされているこの歌は、 対象となっている男性の心に深く刺さる歌になっていることに加え、人に恋焦がれた経験のあるすべての人の琴線に触れる、普遍的な恋の歌となっています。 「この歌はいったい誰に向けて詠った句なのか?」を検証! (与謝野晶子と夫「鉄幹」 出典:Wikipedia) 激しい恋の歌であるこの句を鑑賞するにあたって気になるのは、やはり 「いったい誰に向けて詠った句なのか?」という点です。 後の夫である与謝野鉄幹に向けた句であるというのが一般的な見方ですが、果たして本当にそうなのか、検証してみましょう。 晶子自身の言葉から推測すれば、一番真実に近い答えが得られるのではないでしょうか? そこで注目したいのが、 『与謝野寛晶子書簡集成 』。 与謝野晶子と与謝野鉄幹 寛 の間で交わされた書簡や、他の歌人に送った書簡も収録されています。 この書簡集の中に収録された、 晶子から先輩歌人・河野鉄南に宛てた手紙に「やは肌の歌」のことが書かれています。 河野鉄南は歌人であり、堺にある覚応寺の住職で晶子を鉄幹に紹介した人物です。 晶子は鉄幹と出会うまで鉄南のことを恋い慕っており、そのことは、鉄南に宛てたラブレターからもよくわかります。 ここで、鉄南に宛てた「やは肌の歌」について言及した手紙をご紹介します。 「さてもこれは兄君だけに申上げるのに候。 まことにまことにたれにもたれにも申し給うな。 わたくし、この5日与謝野様とひそかに会いし候」 現代語訳:それはともかく、これはお兄様だけに申し上げます。 本当に本当に誰にも話さないで下さい。 私はこの5日与謝野様と密かにお会いしていたのです これには、鉄南もさぞ驚いたことでしょう!ついこのあいだまで自分を恋い慕っていた女性が、鉄幹に思いを寄せて密かに会っていたとは!鉄南のことなど、もう眼中にない様子…。 これらの手紙から推測すると、 やはり「道を説く君」の「君」は鉄幹だろうと思われます。 作者「与謝野晶子」を簡単にご紹介! (与謝野晶子 出典:Wikipedia) 与謝野晶子は、情熱的な作品が多いと評される歌集『みだれ髪』 明治 34年・ 1901年 や、日露戦争の時に詠った『君死にたまふことなかれ』が有名な、女流歌人です。 歌集『みだれ髪』では、女性の自我や恋愛感情、官能を素直に表現し、熱狂的な支持を受けます。 これを機に、浪漫派歌人としてのスタイルを確立しました。 与謝野晶子 本名:与謝野志やう、旧姓:鳳志やう は、明治 11年 1878年 、大阪府堺市の老舗和菓子屋の二女として生まれました。 20歳ごろから店番をしつつ和歌を投稿するようになりました。 明治 33年 1900年 には歌会で与謝野鉄幹と知り合い、鉄幹が創立した新詩社の機関紙『明星』に短歌を発表。 翌年、処女歌集『みだれ髪』を刊行。 のちに鉄幹と結婚、子供を 12人出産しています。 晩年に『源氏物語』の現代語訳を刊行したことでも知られています。 「与謝野晶子」のそのほかの作品 (生家の跡 出典:).

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晶子とシャネル

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【恋も仕事も】 与謝野晶子(1878〜1942)の「恋する女」としての生涯はよく知られているが、同時に、男に依存することなく働き続けた「働く女」(キャリア・ウーマン)でもあった。 【恋する女】 堺の老舗の商家に生まれた鳳(ほう)晶子は、幼い時から父の蔵書を読み耽り、古典の教養を身に付けていく。 そして、21歳の時、運命の男性、妻子ある27歳の短歌界の革命児・与謝野鉄幹に出会うのである。 1901年に、突如、出現した歌集『みだれ髪』は、情熱的な恋歌で一世を風靡する。 この歌集の衝撃力は、何にもまして大胆な性の表現にあった。 恋愛の自由はおろか結婚の自由もない時代に、若い娘が性愛の悦びを言葉にする。 その奔放さこそ『みだれ髪』が世にセンセーションを巻き起こした所以である。 しかも、ここで晶子は「女の身体」を斬新に詠い上げる。 あまりにも名高いあの代表作、「やは(わ)肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」に見られるとおり、女の「肌」が、それも女自身によって歌に詠まれるということは、短歌史上かつてなかったことである。 『みだれ髪』の先駆性は驚くばかりだ。 そして、その水際だった表現は、安易な性表現が溢れ返る現在も、なお、その力を失っていない。 「春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳(ち)を手にさぐらせぬ」の「ちからある乳」という表現の鋭さは、身体表現として非凡である。 鋭さもさることながら、「乳房」を短歌に詠むという表現行為それ自体が衝撃的に新しい。 このように述べた山田登世子は、「晶子は『プラトニック・ラヴ』にはおよそ遠い愛欲の詩人」と断じている。 まさに、晶子は、ライヴァルに負けじと、甘美な「やは肌」で「道を説く君」を挑発する「恋する女」であった。 【情熱歌人】 その子二十(はたち)櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな 清水(きよみず)の祇園をよぎる桜月夜こよひ(い)逢う人みなうつくしき みだれ髪を京の島田にかへ(え)し朝ふしてゐ(い)ませの君ゆりおこす 乳ぶさおさへ(え)神秘のとばりそとけりぬここなる花の紅(くれない)ぞ濃き 罪おほ(お)き男こらせと肌きよく黒髪ながくつくられし我れ 晶子の歌は、短歌という専門領域を超えて広く世に輝き渡る。 どんなに明治の青年男女の胸をときめかせたことだろう。 「これは、かつて日本が持った、男性女性を通じて、最大の天才者の一人であった。 女詩人としては、いまだ人類に類例のない第一人者であった。 万葉古今以来の、日の本の歌のしらべの伝統は、晶子にいたって初めて完大成されたのであって短歌十数世紀の歴史は、一人の晶子を生むための歴史であったとも言ひ(い)得るのである」と、堀口大學が晶子に最大級の賛辞を捧げている。 【働く女】 歌人であると同時に、商家に生まれ、店番をしながら娘時代を過ごした晶子には商人の血が流れていた。 半世紀に亘って与謝野家の家計を支えるべく働き続けた「働く女」であった。 恋をして、母となり、5男6女の子を育て、家事万端をこなし、一生、働き続けたのである。 女の経済的自立は晶子の生涯を貫く主張であり、実践であった。 労働なしに女の解放はあり得ないと考えていたのである。 【永遠の恋人】 晶子をベストセラー歌人に育て上げたのは名プロデューサーの鉄幹であったが、やがて妻の名声の陰に逼塞する存在となってしまい、不本意な日々を強いられる。 そして、あろうことか、かつての弟子・山川登美子を交えた三角関係が再燃し、この状態は登美子の29歳での死まで続いたのである。 大勢の子どもたちの養育と待ったなしの生活苦に追われ、皺だらけのくたびれた着物を纏った晶子にとって、それでも鉄幹は「永遠の恋人」であった。 このような状況の中でも、鉄幹への思いは褪せることなく燃え盛る。 晶子は、無聊をかこつ夫に甲斐甲斐しく尽くし、相聞の歌を詠い続けたのである。 「最初の恋の波が引いたあと、女はどのように同じ男を選び直し、情熱をかき立てることができるのだろうか。 晶子の人生はその実験みたいなものであった。 気むずかしい夫に仕えながら、子ども11人を育て、歌5万首をよみ、評論全集は20数巻に及ぶ。 ほか小説、童話、古典研究、信じられない量の仕事を残し、晶子は昭和17年5月29日、絢爛偉大な一生を終えた。 63歳であった」と、森まゆみは問いかけている。 紹介文を見てそんな内容が色濃く書いてあることを期待して読んだ。 しかし、実際には作者の与謝野晶子論という感じ。 別にシャネルをひきあいに出さなくてもよかったのでは、と思います。 女とは、与謝野晶子とは、という問題について知りたいのであれば読んで損はないかもしれませんが 作者が客観的に論じているわけではないので 嫌いな人には納得できないだろうし 二人の女性について詳しく知りたいのであればもっと他の本を読むほうがよいだろうと思います。 こんな題だが、全体としては与謝野晶子論である。 晶子短歌に関する評はおもしろい。 ただ、田山花袋『蒲団』がベストセラーになった、とあるのは間違いである。 そもそもそんな単行本は出ていない。 次に、短歌に比べると晶子の評論は良くないと著者は述べているが、後半に入ると、その良くない評論を評価し始めてしまう。 母性保護論争における晶子は、自分が超人的能力の持ち主であることを度外視して、同じことが誰にでもできるとする過ちを犯した。 だが著者は、「母性保護論」が過去のものとなった今云々と晶子を評価する。 いったい母性保護論がどうして過去のものなのか、理解できない。 少子化対策で政府はどんどん母性保護を進めているというのに。

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短歌で有名なのは? ベスト20首を厳選! 【保存版】

やわ 肌 の あつき 血汐 に ふれ も 見 で さびし から ず や 道 を 説く 君 cm

質問一覧• 至急です! 与謝野晶子の やは肌のあつき 血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君 という短歌の助動詞、助詞、形容動詞、動詞、形容詞と現代語訳を教えてください。 よろしくお願いします。 のあつき 血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君 C 死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる D おそらくは知らるるなけむ一兵の生きの有様をまつぶさに遂げむ E 海を智ぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげ... 泉鏡花の龍潭譚について 途中までわかるのですが、夜、うつくしき人の家で何があったのかよくわかりません 何度読んでもわかりません 急に 血汐、とでてきて、 何が起きたのでしょう 読解力なくてすいません どこ... 急ぎでお願いします!国語の「その子の二十」についての質問です! 「やは肌のあつき 血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」 という文です。 Q「あつき 血汐」は何をたとえたものか Q「やは肌のあつき 血汐にふれも見で」... 見でさびしからずや道を説く君」「なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕 月夜かな」 与謝野晶子 現代語に訳して教えてください。 意味は解るようですが、本来の正式な 解説お願いします。 高校の現代国語の短歌の句切りかたを教えてください。 以下の有名な短歌を例にお願いします。 その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春の美しきかな (与謝野晶子) やは肌の熱き 血汐ふれも見でさびしからずや道を説く君 (...

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