不動 明王 ご 真言。 不動明王の真言の効果はスゴイです!唱え方にポイントあり!狸谷山不動院で体感しました♪

不動明王

不動 明王 ご 真言

当日は朝、 車で自宅を出てから 約1時間半。 www 私がその寺院・神社が、 自分たちにご利益のあるパワースポットかどうか、 判断する材料は、娘なんです。 安心して、本堂に向かいました。 ・・・・本堂の中は、 薄暗-い空間でしたが、 怖いという感覚は全くなく、 奥に座っていらっしゃる お不動さんに目を凝らしてみました・・・・。 が・・・・。 うーーーーーん・・・・。 とずっと思ってきました。 しかし、 真言に関してはちょっと違うみたいなんです。 お寺に参拝すると、 よくいらっしゃる仏様の前に その仏様の真言が書かれているので、 私は参拝した際、 その真言を見ながら唱えて、 それでご縁がいただけている、 と思っていたんですね。 ここでそれをすべて紹介するのは ページが足りなすぎるんで、 概略だけ、かいつまんで 書きます。 ———————————————————————————————— まず、 自分が 好きとか、 興味がある不動明王様が居る お寺に参拝させていただいて、 不動明王様にご挨拶します。 (できるだけ丁寧に!) そして、 私に何か起こった時、 ここに参拝する事をどうか、お許し下さい。 そんな時はどうかお力をお貸しください! 的な、お願いをします。 初めから、 ご縁はないものとして、 何かあったら、 自分でお寺に参拝させていただきます。 という言い方が大事なんだそうです。 でも 何度か、そのお寺に参拝していると、 ご縁はいただけるとのこと。 (すみませーん!お不動さん!!) ところが、 その効果を実感する出来事があったんです。 私は自宅に帰って、 またあわただしい日常が始まりました。 ダメかもしれない。 でも、もしかしたら・・・ 出てくるかもしれない・・・。 それなら、やってみるしかないですよね。 笑 真言は、一度につき、 9回唱えるのがいいそうです。 だから、 9回、唱え続けました。 夜になってから、 帰宅した夫に相談して、 どんな状況で財布が無くなったか 報告すると、 「 そりゃ、外で落としてるやろ。 たぶん、もう帰ってこないよ」 そんな、あっさり認めないでよぉ~!! と思いましたが、 主人の見解はいつも、 正解なんですね。 というのも、 数年前同じような状況で財布を 落として、そのまま、見つからなかった。 それでも、出てきたという事実に ものすごい感謝の気持ちを感じました。 そして、 不動明王様が、 いっぺんワシの真言の威力を 実感させといたろか? 笑 とお感じになって わざわざ体感できたとしたら、 本当にありがたいことだ、と感じたんです。 終わりに 私が神社やお寺に通い出してから、 感じるようになったことは、 日常生活のすべてにおいて 神様・仏様のお導きがある という事です。 ちょっとした出来事でも こうした方がいいと 自分で判断してできたり、 思わぬところから 道が開ける出来事に遭遇したり。 ショッキングな出来事は、 そうそうあるものじゃないですが、 こうした 毎日のちょっとした 幸せを実感できることは、 私にとって、本当に本当に ありがたい事なんです。 www。 無理な場合は、心の中ですけど。 狸谷山不動院は本当に狸の神様みたいですね。 初めてお顔を見たときはなんだかハッとしてしまいました。 思わずたぬきさんだけの写真を撮ったくらいでw 今ではお気に入りの一枚になっています! 私は人からの影響をかなり受けやすいので、とても良いお不動様と出会えて有難いなーって思ってます。 次行った時は力を入れて不動明王の真言唱えてみたいと思いました.

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お不動さんの愛称で知られる不動明王に上げるお経とは|終活ねっとのお坊さん

不動 明王 ご 真言

まず最初に。 不動明王とか仏様って本当にご利益あるの? 仏像だけど本当に存在するの?と皆さんは思うはずです。 答えはYES。 ご利益もあるし、仏様は実在するのです。 私は8年前、事業で失敗し多額の借金をつくり、人生のどん底まで落ち、自殺を考えたときもありました。 そんな時、占い師に不動明王を教えていただき「必ず助けてくれるから、いつもこの不動明王を持ってなさい」と不動明王の写真を渡されました。 半信半疑で毎日、手を合わせていると何か守られているというか不思議な出来事が頻繁に起こるようになったのでした。 今までの常識を覆すような不思議な何かを感じました。 神仏は実在する... それ以降、私は不動明王を心から信じ生きています。 この世のものとは思えない、何か不思議な力が秘められているこの不動明王。 是非、苦しみ、悲しみの最中にいる人々に知っていただきたく、この記事を作りました。 この不動明王、苦しみや厄災から救ってくれるのはもちろんのこと、癌や難病も治ったという霊験も数多く聞きます。 「祈るところ必ず霊験あり」と言われる不動明王に一人でも多く救われることを心から祈っています。 不動明王、不動尊、不動使者とは 山梨県、恵林寺に祀ってある武田信玄の武田不動明王 不動明王とは密教、諸仏の最高位、大日如来の化身であり使者とも言われています。 悪魔や鬼のような憤怒の姿は人々や悪人をも力ずくで悟りに導き救済するためになったとのことです。 そして人々の煩悩や障害、厄災をも滅ぼし、人々や仏教界に害を与える魔物や悪魔を降伏させるために恐ろしい憤怒のお姿になったとのことです。 鬼のような形相は必ず人々を救うという決意の現われで、不動明王に祈れば必ず助けてくれるような気持ちになります。 そして悪魔に限らず、私たちに害を与える者や敵とみなす者も調伏といって祈れば制することをしてくれます。 戦国時代には敵国、敵の武将を調伏させるために不動明王に祈願し勝利したとのことです。 いじめる相手、憎い相手を調伏させるために不動明王にお願いするのもいいと思います。 全てを円満に収め、必ずあなたを救ってくれます。 ちなみに道義に反する調伏などの祈願は、叶うどころか自身に厄災として返ってくるのでお気を付けください。 あくまでも不動明王は、仏様というのをお忘れなくいただきたい。 制多迦童子 せいたかどうじ 、 矜羯羅童子 こんがらどうじ 上記画像には祀られていないが、15歳ほどの童子で不動明王の両脇にいる脇侍。 不動明王の従者、召し使い、しもべである。 制多迦童子は不動明王の真の心を理解しない人々に対して憤怒の相になっている。 矜羯羅童子は不動明王、仏法を尊ぶ心が表れている。 アチャラとは「動かないもの」、ナータとは「尊者」という意味で、そのまま訳して不動明王という名前になったとのことです。 不動明王真言、佛説聖不動経、南無三十六童子 不動明王真言 真言 しんごん とはサンクリット語のマントラの語訳で「仏様の真実の言葉、秘密の言葉」という意味です。 仏様の教え、功徳、祈りを秘めている短い言葉になります。 「ことだま」という言葉があるように、言葉には「魂」があります。 不動明王に祈願、お願いしたい時は声を出して唱えれば効果、ご利益があります。 また、9回唱えればいいとも教わりましたが、本当に何かをお願いしたい時は数十分、数時間唱えることをお勧めいたします。 声を出せない時は心で唱えても、もちろん大丈夫です。 しかし何よりも不動明王を信じる気持ちが1番大事です。 自分に置き換えてみても自分のことを信じてくれている人、敬意を持ってくれている人にお願いされると絶対に何とかしてあげたいという気持ちになるものです。 不動明王真言の意味 大いなる力を持つ 憤怒の姿をされた 不動明王様 煩悩と迷いを打ち砕きたまえ 障害や厄災を打ち砕きたまえ 力をお貸したまえ、願いを叶えたまえ 佛説聖不動経、南無三十六童子 佛説聖不動経とは、不動明王の請願や功徳が簡潔にまとめられた素晴らしい経典です。 三十六童子とは制多迦童子、矜羯羅童子を含めた36名の童子で不動明王の従者であり、各童子は1千万の従者を持つとされています。 この南無三十六童子というお経は36名の童子の名を読み上げたあとに童子たちの請願、功徳がまとめられています。 三十六童子の名を唱えれば悪霊は退散し、崇拝する者を背後から守護して、長寿をもたらすと言われています。 これら1千万の従者を持つ童子の頂点なる不動明王に祈願すれば叶わない所願はないでしょう。 仏 ぶっ 説 せつ 聖 しょう 不 ふ 動 どう 経 きょう s その 時 とき に 大 だい 会 え にひとりの 明 みょう 王 おう います この 大 だい 明 みょう 王 おう は 大 だい 威 い 力 りき あり 大 だい 悲 ひ の 徳 とく の 故 ゆえ に 青 しょう 黒 こく の 形 かたち を 現 げん じ 大 だい 定 じょう の 徳 とく の 故 ゆえ に 金 こん 剛 ごう 石 せき に 坐 ざ し 大 だい 智 ち 慧 え の 故 ゆえ に 大 だい 火 か 焔 えん を 現 げん じ 給 たま う 大 だい 智 ち の 剣 つるぎ を 執 と っては 貪 とん 瞋 じん 癡 ち を 害 がい し 三 さん 昧 まい の 索 なわ を 持 じ して 難 なん 伏 ぶく の 者 もの を 縛 ばく す 無 む 相 そう の 法 ほっ 身 しん 虚 こ 空 くう 同 どう 体 たい なれば 其 その 住 じゅう 所 しょ もなし 但 ただ 衆。 しゅ 生 じょう 心 しん 想 そう の 中 うち に 住 じゅう し 給 たま う 衆 しゅ 生 じょう の 意 い 想 そう 各 おの 々 おの 不 ふ 同 どう なれば 衆 しゅ 生 じょう の 意 こころ に 隨 したが いて 利 り 益 やく を 作 な し 所 しょ 求 ぐ 圓 えん 満 まん す その 時 とき に 大 だい 會 え に 是 こ の 経 きょう を 説 と き 給 たま うを 聞 き き 皆 みな 大 おお いに 歓 かん 喜 ぎ して 信 しん 受 じゅ し 奉 ぶ 行 ぎょう しき 南 な 無 む 三 さん 十 じゅう 六 ろく 童 どう 子 じ 矜迦羅 こんがら 童 どう 子 じ 制 せい 吒 た 迦 か 童 どう 子 じ 不 ふ 動 どう 慧 え 童 どう 子 じ 光網勝童子 こうもうしょうどうじ 無垢光童子 むくこうどうじ 計 けい 子 し 儞 に 童 どう 子 じ 智 ち 慧 え 幢 どう 童 どう 子 じ 質 しっ 多 た 羅 ら 童 どう 子 じ 召請光童子 しょうしょうこうどうじ 不 ふ 思 し 議 ぎ 童 どう 子 じ 囉 あら 多 た 羅 ら 童 どう 子 じ 波羅波羅童子 はらはらどうじ 伊 い 醯 けい 羅 ら 童 どう 子 じ 師 し 子 し 光 こう 童 どう 子 じ 師 し 子 し 慧 え 童 どう 子 じ 阿 あ 婆 ば 羅 ら 底 ち 童 どう 子 じ 持 じ 堅 けん 婆 ば 童 どう 子 じ 利 り 車 しゃ 毗 び 童 どう 子 じ 法挟護童子 ほうきょうごどうじ 因 いん 陀 だ 羅 ら 童 どう 子 じ 大光明童子 だいこうみょうどうじ 小光明童子 しょうこうみょうどうじ 仏 ぶっ 守 しゅ 護 ご 童 どう 子 じ 法 ほう 守 しゅ 護 ご 童 どう 子 じ 僧 そう 守 しゅ 護 ご 童 どう 子 じ 金 こん 剛 ごう 護 ご 童 どう 子 じ 虚 こ 空 くう 護 ご 童 どう 子 じ 虚 こ 空 くう 藏 ぞう 童 どう 子 じ 宝 ほう 藏 ぞう 護 ご 童 どう 子 じ 吉祥妙童子 きっしょうみょうどうじ 戒 かい 光 こう 慧 え 童 どう 子 じ 妙空藏童子 みょうくうぞうどうじ 普 ふ 香 こう 主 しゅ 童 どう 子 じ 善 ぜん 儞 に 師 し 童 どう 子 じ 波 は 利 り 迦 か 童 どう 子 じ 烏 う 婆 ば 計 けい 童 どう 子 じ 聖無動 しょうむどう の 眷 けん 属 ぞく 三十六童子 さんじゅうろくどうじ 各々千万童 おのおのせんまんどう を 領 りょう す 本 ほん 誓 ぜい 悲 ひ 願 がん の 故 ゆえ に 千 せん 萬 まん 億 のく の 悪 あっ 鬼 き ・ 行人 ぎょうにん を 繞 にょう 亂 らん せん 時 とき 此 こ の 童 どう 子 じ の 名 みな を 誦 じゅ すれば 皆悉 みなことごと く 退 たい 散 さん し 去 さらん 若 も し 苦 く 厄 やく の 難 なん あらん 咒 じゅ 咀 そ 病 びょう 患 げん の 者 もの は 當 まさ に 童 どう 子 じ の 號 みな を 呼 よ ぶべし。 須 しゅ 臾 ゆ にして 吉 きっ 祥 しょう を 得 え ん 恭 く 敬 ぎょう 禮 らい 拝 はい する 者 もの の 左 さ 右 ゆう を 離 はな れず 影 かげ の 形 かたち に 隨 したが うが 如 ごと く 護 まも り 長 ちょう 壽 じゅ の 益 やく を 獲 ぎゃく 得 とく せしむ 不動明王 縁日、十三仏、ご利益 京都、真言宗総本山東寺 不動明王坐像 不動明王 縁日 不動明王の縁日 毎月28日 縁日とは神仏と縁を結ぶことができる日で特別な祭祀や供養が行われます。 また、縁日に参拝すると普段とは違うご利益、普段以上のご利益があると言われています。 不動明王を祀ってある寺院では、毎月28日だけは護摩行をして護摩祈祷、護摩法要をすることが多いです。 死後の十三仏、初七日の仏 不動明王 亡くなったばかりの人は現世から死後の世界へと旅立つ気持ちにもなれず、現世への未練が多く残っています。 不動明王は死後の世界へと旅立とうとする者が再び、現世に未練を持たないよう右手の利剣で煩悩を断ち切り、左手の羂索で迷っている者を縛り、あの世へと送り届ける役目もいたします。 そして人は死後、七日ごとに生前の行いの裁きを受け四十九日目に、極楽か地獄かの判定を閻魔大王(地蔵菩薩の化身)が決めると言われています。 最初の裁きをうける日を 初七日 しょなのか といい、この日を担当するのが不動明王です。 裁判官のように審査をしたり、時には故人を弁護する役目をします。 その最初の七日目の裁きに合わせて追善供養をする法要を「初七日法要」といい、ここで大事なのが残された遺族が故人のために祈る追善供養です。 故人の冥福と担当の仏様(初七日であれば不動明王)に一心に祈ることで故人の生前の罪悪を消すことになり、故人が極楽に近づけることとなります。 私自身も父が他界した時に親孝行ということをしたことをないのを悔やみ、最初で最後の親孝行はこれしかないと思い、七日ごとに担当の仏様のところへ行き必死に祈りました。 その結末は..... いずれお話したいと思います。 また、最近では繰り上げ法要といい葬儀、告別式の当日に初七日法要をしてしまうのが殆どなのですがいかがなものかと思う次第でございます。 嵐の際に空海が船の中で彫り上げたという説があるが、唐から持ち帰った可能性のほうが高いとみる。 810年、薬子の変といい平城上皇、藤原薬子と嵯峨天皇の争いの際に、空海は嵯峨天皇の密勅を受け京都、高雄山神護寺で不動明王を彫り上げ、護摩祈祷を行った。 祈祷後、嵯峨天皇の勝利にて乱はすぐに収まったとされている。 平安時代中期935年~940年、平将門の乱。 朝廷から密勅を受けた寛朝大僧正は京都、高雄山神護寺の空海作、不動明王を奉納して下総の成田に下向し、将門調伏の護摩祈祷を行った。 21日間祈祷し続けた満願の日、940年2月14日に平将門は藤原秀郷、平貞盛に討たれ幕を閉じた。 この大任を終えた寛朝大僧正が不動明王とともに帰京しようとすると、不思議なことに不動明王は微動だに動かなかったという。 やがて「長くこの地に留まって無辺の衆生を利益せん」という霊告が届き、この話を聞かれた朱雀天皇は深く感動され国司に命じて現在の成田山新勝寺を建てさせたのが開創とされている。 そして、平将門とその家来の子孫は1070年以上経つ現在でも成田山新勝寺へは参詣しないという。 また、将門の生い立ちにもある、千葉県佐倉市将門町に住む古くからの住人も成田山新勝寺には参詣しないという家系が今尚、多く残っているという。 鎌倉時代中期、日本は元寇(げんこう)といい中国大陸、元からの侵攻という大きな国難に直面しました。 そして日本全国で一斉に調伏祈祷が行われることとなった。 高野山からは空海作の波切不動明王が持ち出され、博多で五壇護摩と呼ばれる大規模な護摩祈祷が行われたという。 その時、不動明王が元の軍勢目がけ空を走っていく姿が各地で目撃されたというのです。 そして1281年7月、ついに15万の元軍が壊滅し我が国は危機を脱したのでした。 日本の兵力はたったの4万にすぎなかったという。 不動明王は大暴風雨という神風を吹かせ元軍を海の藻屑とし、日本を救ったのです。 その信玄が不動明王を信仰したことは広く知られています。 武田家の菩提寺である恵林寺には信玄を模刻した不動明王があります。 上記画像がその、武田不動明王。 信玄は出陣前、不動明王の前でひとり、加護と戦勝を祈ったといいます。 また、才知溢れる軍神、信玄は家臣の声を聞き、それをまとめ上げ、皆が納得のいく決定をしたことから、信玄の軍は士気も高く天下最強と呼ばれていました。 信玄はこの不動明王を前に剃髪し、切った髪を焼いて漆に混ぜ、自ら像の胸に塗りこめ、彩色を施したとされます。 信玄がみずから不動明王を造ったのは治国の宝剣をもって、国を治めるためと語っている。 この武田不動明王は1582年(天正10年)に恵林寺が焼けたときも、明治時代の大火のときも奇跡的に焼失を免れ、火難除け、厄除け、開運、勝負運など霊験あらたかな不動明王として知られています。 源頼朝の右腕として名高い武将、畠山重忠は熱心な不動明王の信者だったという。 重忠がまだ平家方だった頃、三浦大介義明がいる衣笠城を攻めることになり木古庭の畠山という場所に城を築き、不動明王像を安置して戦勝祈願し、勝利したという。 凱旋後、重忠公が像をこの滝谷山に勧請すると、一夜のうちに山から清水がこんこんと湧き出でて、一條の滝となったという。 この滝は100日の干ばつにも涸れること無く、人々の飲料や田畑の用水として利用されてきた。 また、江戸時代の宝永年間の大干ばつに、この不動明王に祈ったところ、湧き水の量が増し収穫が出来るようになったという霊験が残されている。 新田義貞が歴史上にその名をとどろかしたのは、1333年の鎌倉幕府、倒幕です。 義貞は後醍醐天皇に倒幕の密勅を受け、西慶寺(群馬県太田市)の不動明王に祈願したとのこと。 そして、義貞が倒幕のため5月8日に挙兵したものの、集まった兵はわずか150騎だったという。 ところが、その日の夕方に越後の新田一族2000騎が合流。 他の土地からも次々に軍勢が馳せ参じ、7000騎以上にもなったという。 この早すぎる援軍に驚き、義貞がなぜ挙兵を知ったのかを尋ねると、山伏が越後方面の新田一族に挙兵の知らせを触れ回ったからだという。 山伏とは、山中で修行をする行者のことで、この山伏こそ西慶寺の不動明王が身を変えたものであった。 そして見事、挙兵して2週間という早さで5月22日に150年続いた鎌倉幕府討滅という快挙を成し遂げたのでした。 その後、西慶寺の不動明王は「新田触不動尊」と言われるようになった。 江戸時代後期の1831年(天保2年)成田山新勝寺の仁王門、再建工事をしていた大工職人が誤って高い足場から転落した際に、成田山の焼印を押したお守りが二つに割れ怪我ひとつなく助かったという。 これを機に大工や職人の信仰を集めるもとになり、軍隊においても身代り札を持っていれば戦争で命を守ってくれると信仰が広まったとされる。 新勝寺、平和の大塔には、日清戦争で実際に敵軍から撃たれた弾が身代り札に当たり助かったという霊験あらたかな身代り札が奉納されているという。 戦地に向かう兵士が、敵の弾に当たらず無事、帰還できるようにと不動明王に祈願して身代りお守りを持っていったところ、「担いでいた荷物に入れておいた、不動明王の身代りお守りに敵の弾が当たり私の身代りになってくれた」と帰還兵から報告があったという。 冬山の木材伐採の仕事に行く前に、職人達が事故や怪我のないようにと不動明王に祈願したところ、伐採中に倒れてきた木にぶつかったのにもかかわらず奇跡的に怪我ひとつなかったという。 成田山札幌別院新栄寺の不動明王お守りカードをいつも大事に財布に入れといた方が、車が廃車になる程の大事故にあったといいます。 しかし、命を落とす程の大事故にもかかわらず怪我ひとつなかったというです。 後から財布の不動明王のお守りカードを見てみると、なんと二つに割れていたという。 右の画像が不動明王お守りカードです。 札幌市西区平和の山の上にある明王寺。 ここの先代のご住職様はかなりの神通力を持っていて不動明王と会話ができたといいます。 そのご住職様のところへ足の病気になり、足を切断することになった若者が来たといいます。 ご住職様が祈祷したところ、不動明王に足の切断の手術をやめて加持するよう啓示があったという。 数日間、寺に通いご住職と若者は一緒に不動明王に加持祈祷したところ、足を切断しなくてすんだという。 頭や体中がガンで侵され、余命1カ月と医者に宣告された方がいました。 その父親が、ガンに侵された息子のために不動明王に病気平癒の祈願をしに来たといいます。 その父親は「毎日100日間ここへ来て不動明王にお経、真言を唱えるので息子の病気を治してください」とお願いし、本当に毎日お寺に通い何時間もお経を唱えたというのです。 お経や真言を唱えるだけではなく、お寺の掃除や外の雑草刈りなど自分から進んでやったといいます。 すると、ガンは日に日に少づつ消えてゆき宣告された余命1カ月を越し、なんと50日目で退院するまでになったというのです。 そして100日経った頃には完全に完治したとのことです。 その息子様は現在、結婚もして子供もいて普通の暮らしをしているという。 私はその父親と話こそしませんでしたが、実際に28日の護摩行のときにお会いすることができました。 (札幌市西区平和 明王寺) 不動明王の真実〔 不動明王、完全解析結果 〕 今回この記事を作成していて、不動明王の新たなる発見、由来が学習でき自身にも勉強になったと思いました。 しかし、記事作成の最中にものすごく違和感を感じたり、記事作成中にタバコが山盛りの灰皿を2度ひっくり返すなど何かが違うと感じました。 不動明王の姿、容姿がここまで奴隷を再現している意味は本当に使者だからなのか... 教科書通りだと、大日如来の使者だから奴隷の姿になったといい、先に述べた各部の名称と働きでは仏教に合うように取って付けたような言葉が並べてあります。 (もちろん合っていることは合っているのですが)空海が不動明王を持ち帰ったことが日本での始まりですが、発祥は古代インドです。 絶対に何かが違う。 そんな気がしてなりませんでした。 【青黒の肌】 古代インドの奴隷の浅黒い色を意味している。 【弁髪を左に垂らす】 古代インドの奴隷を示し、低い尊格を伝えるもの。 【装束】 片袖を出し、腰から下だけの衣の姿は古代インドの奴隷の装束である。 【羂索】 人を捕獲・捕縛する事にも用いられていたいう。 【手首、足首の輪】 古代インドの奴隷を意味するもの。 いくら使者と言っても奴隷過ぎると思います。 現在であれば人種差別と叩かれてもおかしくない程、奴隷を極めているのです。 色々と検索した結果、大道寺龍さんという僧侶様のブログに辿り着きました。 2006年から更新されてないようですが読んで涙ぐみました。 ブログの内容は現在の仏教界にメスを入れるかごとく、おもいっきり批判しており不動明王の真実を伝えておりました。 今回は日本中でいちばん信仰者の多い、不動明王を本尊に祀っている寺院の住職およびカラバカ僧侶たちのことを書くことにする。 不動明王の御利益というか仏教でいうお役目は、地獄に堕ちた衆生を業火に焼かれながら命がけで救うのである。 誰でも一度は、お不動様を祀っている寺院に行ったことはあると思うが、このような必死の祈りをする坊主は日本国内において、ごくわずかしかいないのではないだろうか。 本来、不動明王の姿・形を見てもわかるように他の仏様たちとは違うことに気づかれると思う。 古代インドの国は身分差別が厳しい時代、カースト制度といってバラモン(司祭者)、クシャトリア(王族・武士)、ビャイシャ(平民)、シュードラ(奴隷)と四階級に差別されていたのだが、正にその階級のいちばん身分の低い位置のシュードラ(奴隷)の身になり、社会のどん底で苦しむ者たちを救済するために、この世に出現されたことを今一度、くそ坊主どもは勉強をやり直すべきである。 素晴らしい内容のブログです。 心から感謝いたします。 ブログ終了の為、なくなってしまいました) しかし不動明王が何故、シュードラ、奴隷そのものになったかは微妙なところです。 救済するのであれば奴隷でなくてもいいような気がいたします。 その件に関しては本を読んでも検索しても答えが得られませんでした。 何度か書いたことがあるのですが私の耳は変です。 私から問いただすことは殆どないのですが、もはや不動明王、本人に聞くしかないと思い、お聞きしてみました。 信じる人だけ信じていただければと思います。 不動明王様 いろいろと答えを探しましたが 分かりませんでした。 何故、その様なお姿、奴隷の姿なのか。 それだけ教えください..... 私は高貴な者でも何者でもない。 いつも苦しむ者のそばにいて、 いつも共にいる。 それだけだ..... 涙が流れました。 正に、感無量とはこういうことです。 古代インド。 カースト制度という 厳しい時代の奴隷の姿となり。 私は 苦しむ君たちの すぐそばにいて 共にいる。 必ずこの苦しみから君たちを救い出す。 いつも一緒だ。 私を信じろ。 ということでなのでありましょう。 仏でありながら 自分は高貴な者ではないといい、 同じ奴隷となり、同じ苦しむ者となり いつも共にいると... 「現在で例えるならば」 私は苦しみもがく君のすぐそばにいて共にいる。 私を信じろ。 必ず、苦しむ君を救い出す。 それが燃え盛る炎の中だろうが、水の中だろうがどんなことがあっても救い出す。 また、地獄の底からはこの羂索を使い引きずり上げ、敵や困らせる者にはこの利剣を使い制裁を加える。 私を信じろ。 いつも君と共にいる。 あの鬼のような形相は 魔物を威嚇する顔ではない。 人々を救う決意の現われ。 いや、それ以上のもので。 動物が、我が子を 敵から守るときの形相であり この世で 「もがき」 「苦しむ」 「愛するものを」 命がけで救うときの形相に他ならない。 不動明王は苦しむ者 弱き者の味方であり 私たちの味方なのです。 苦しい時、悲しい時 不動明王に手を合わし お願いしてみてください。 その時は... 貴方のすぐそばに来て 必ずや 苦しみから貴方を救ってくれます。 それが 不動明王 です!! 生きる理由。 この世の真実。 神仏は実在するという真実を1人でも多く知っていただき、この地獄のような世界から天国への切符を手にしていただきたいと思います。 我々は本当は、肉体に宿った【 霊 】です。 病気、苦しみ、災いなどは自然の摂理・宇宙の法則を犯すことにより発生します。 その摂理と法則というものを悟らせ、我々を成長させるために。 この世は、コインの表と裏のように「霊界」という世界と密接に繋がっているという真実を伝えます。 「 死 」とは、霊界という本当の世界へと旅立つシナリオに過ぎない。 サナギのように。 そして、死なない人間は1人もいない。 別れほど辛いものは、この世にないが・・・ いつも語りかけています。 tokuchi gmail. com.

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お不動さん(不動明王)が現世利益を叶える力が強い理由

不動 明王 ご 真言

不動明王とは 不動明王は、元々はインド神話の三大神の一人であるシヴァ神の別名とされ、その梵名はアチャラナータと言います。 その意味は「動かない(不動)守護神」です。 日本へは空海によって持ち込まれ、密教の最高位である大日如来の化身とも言われています。 普段は柔和な大日如来が、優しさだけでは通用しない人々を救済するために、あえて怒りの形相をしているのです。 真言宗や天台宗、日蓮宗などの宗派および修験道で広く信仰されるようになっていきました。 邪悪な相手には徹底的に厳しく、人が間違った道へ進もうとした時には、正しい道へと戻れるように諭してくれる存在であり、全国各地ではお不動さん、または不動尊と呼ばれ親しまれています。 迷いの世界から煩悩を絶ちきり、仏の道を教えてくれる尊い存在なのです。 そして、不動明王は五大明王の中心的な存在でもあります。 五大明王とは四方の方角を守る明王で、中央は不動明王が、東には降三世明王、西には大威得明王、南を軍荼利明王、そして北には金剛夜叉明王が位置しているのです。 また、宗派によっては金剛夜叉明王の代わりに烏枢沙摩明王が五大明王として数えられることもあります。 その使命は仏教へと民衆を帰依させるため教え導くことです。 不動明王の像容 不動明王の像容は、右手には倶利伽羅剣という剣を握っています。 この剣は、邪悪な心や迷う心を断ちきることを表しています。 また、左手に持っている網は羂索と呼ばれ、悪い心を縛り上げることにより、善き心を呼び起こさせるためのものです。 その表情は非常に厳しく、右目は天に向けられ、左目は地面に向けられています。 天地眼と呼ばれているこの眼は、天地を隅々まで見守っているということを表しているのです。 また、口元からは右牙が上を向き、左牙は外側を向いているのが特徴です。 仏の多くは柔らかな表情をしているものが多いなか、なぜ不動明王の表情がここまで険しいのかと言うと、そこには理由があります。 実は不動明王はとても慈悲深い仏なのです。 そして、その慈悲深さゆえに、救済が難しいとされる煩悩を抱えた人々も力ずくで救おうとしているのです。 その恐ろしい形相が人間に向けられているのは、常に見ているということを意味するのです。 青黒い色の体で表現されることが多く、それは煩悩という名の泥にまみれもがく人々を救おうとしている姿を表しているのです。 その髪は莎髻と呼ばれる形で、その弁髪は左肩に垂れているものが多く見られます。 その理由は、頭の上は仏の世界を表し、その垂れた左側は人々が暮らす世界を表しています。 不動明王が常に人々のことを気にかけ見守っているということを表しているのです。 そして、その腕は2本で表現される時もあれば、4本で表されることもあります。 また、背中には迦桜羅焔を背負っています。 迦桜羅とは伝説上の鳥で、毒を持っている動物(毒蛇、悪龍)を食べるとされています。 そして、その炎は毒を焼きつくすと言われています。 迦桜羅焔は、人々にとっての毒である煩悩や欲望を燃やし尽くしてくれるのです。 更に足の下には磐石が置かれ、迷いがない安定した心を表現しています。 また、救済を求めるすべての人を救うまではその場を動かないという決意を表しているとも言われています。 不動明王のご利益 不動明王は現世利益が得られる仏として知られています。 現世利益というのは、生きている間に得られる利益のことです。 そこで、どのような利益が得られるのかを紹介します。 煩悩退散 煩悩は、人の心を悪の道へと誘います。 その数は108もあるとされ、仏道の邪魔をします。 不動明王に祈願することで、煩悩を断ち切ることができ、悪しき部分を燃やし尽くしてくれるのです。 【合わせて読みたい】 厄除け 不動明王の剣は、あらゆる邪悪なものを打ち砕くことができることから、厄除けに効果があるとされています。 学業成就 不動明王の明という文字はサンスクリット語で知識や学問を意味します。 勉強や仕事に対する技術を高めたいと願う時に祈願すると、ご利益を得ることができます。 身上安全 自身の身の安全を祈願することで、そのご利益を得ることができます。 立身出世 仕事で成果を出したい時や、世間で認められたいという時にもご利益があるとされています。 商売繁盛 不動明王は商売に対してもご利益が多いとされています。 修行者守護 不動明王は仏道を修行する者を常に守護し、障害となるものを滅ぼすとされています。 健康祈願 不動明王を祀る寺によっては、健康または病気治癒に効果があるとされています。 戦勝 戦国時代に武将のなかでは、不動明王に祈願し勝利をおさめたという者がいたことから、戦勝のご利益があるとされています。 国家安泰 鎌倉時代に元寇が攻め入ってきた時に、不動明王に外敵を退散してくれるようにと祈願されました。 元寇は見事退散し、それから国家安泰のご利益があるとされています。 不動明王の真言の種類と唱え方 仏教には、真言という聖なる呪文があります。 真言宗では原語であるサンスクリット語で唱えることでより仏に近づくことができると言われていますが、日本語化された真言にも十分にその効果があります。 そこで、不動明王の真言の種類と唱え方について紹介します。 真言の種類 不動明王の真言の種類には以下の3つがあります。 ノウマク・サンマンダバザラダン・カン 一般的に多く使われる真言で、小咒あるいは一字咒と呼ばれています。 ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン 不動明王の真言で、中咒または慈救咒とも呼ばれています。 ノウマク・サラバタタ・ギャティビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン 不動明王の真言の中ではかなり長く、大咒や火界咒と呼ばれています。 真言の唱え方 真言の種類で紹介した3種類の真言を覚えることが難しいという人は、メモに書いたものを読むことでも守護を受けることができます。 また、密教の教えで大切と言われている三密というものがあります。 この三密とは「身」「口」「意」です。 身とは手で印を結ぶこと、口とは真言を唱えること、意とは仏と一体となることを表します。 この三密を意識して唱える事が不動明王の真言の唱え方では大切となります。 ですが、一般の人には難しくて正確に結ぶことはかなり困難です。 真言を唱えるだけでも充分に効果があると言われています。 そして、真言を唱える時には大きな声で言えば良いのかと言うとそれは違います。 まずは心を落ち着かせて、深呼吸をしましょう。 瞑想を合わせて行うことで効果が更に高くなると言われています。 また唱える際、利益を目的として唱えるとしても、苦しみから解放されるように、導きを求めながら唱えると良いでしょう。 不動明王の真言の効果 真言は唱えてこそ、ご利益があると信じられています。 言葉には魂が宿り言霊となると考えられているからです。 そして、言霊の力により仏へと救済を願う気持ちが届くのです。 不動明王の真言は、その効果が信じられ、多くの人に唱えられてきました。 真言を唱えることによる効果は、先に紹介したご利益の通りです。 心を支配していた迷いや欲望、そして煩悩を取り除く手助けをしてくれると言われています。 新たな気持ちで物事を進めることができるわけです。 不動明王の真言は、常に弱い心や欲により負けそうな心を律してくれて、正しい道へと導いてくれる手助けをしてくれるのです。 また、困難に立ち向かっている時にも不動明王の真言は絶大な力を発揮すると考えられています。 その理由は、不動明王の真言は目の前に立ちはだかる壁を取り除く手助けをしてくれるからです。 どれだけ頑張ってもなかなか困難から抜け出せないと感じる時には、不動明王の真言を唱えることで再び困難へと向かって立ち上がる勇気を授けてくれる効果があると信じられているのです。 心のなかで打ち砕きたい困難を思い浮かべながら真言を唱えることで気持ちを落ち着かせることができるとも言われています。 東京周辺で不動明王を祀る神社8選 不動明王を祀る東京周辺の神社を紹介します。 瀧泉寺(東京都目黒区) 天台宗の寺院で、祀られている不動明王は目黒不動と呼ばれています。 808年に円仁によって創建された関東最古の不動霊場です。 当時、伝教大師である最澄の元へ赴いていた慈覚大師が当地に滞在した際、神人の夢を見ました。 夢のなかに出てきた神人のお告げを受けたことから、慈覚大師は御本尊となる目黒不動明王を彫りました。 目黒不動明王は、水かけ不動明王とも呼ばれ、水をかけて祈願することにより願いが成就すると言われています。 高松八幡神社(東京都練馬区) その始まりは1064年(康平7年)に源義経が戦勝への感謝と源氏の安寧を願って創建されたものです。 高松八幡神社の不動明王は、石造りの塔に鎮座した姿が彫られたもので、石造大山不動明王像と呼ばれています。 その陰刻から1803年(享和3年)に氏子たちによって建立され、その正面には「石坂供養大聖大山不動明王」と彫られています。 2006年(平成18年)には、練馬区の登録有形民俗文化財として登録されました。 等々力不動尊明王院(東京都世田谷区) 万願寺の別院として和歌山県の根来寺の興教大師によって建立されました。 その理由は、不動尊を武蔵野国調布の丘に祀るようにと夢で告げられたことが始まりでした。 興教大師が不動尊を背負って関東に入った際には、その錫杖で渓谷を掘ると滝が涌き出たと言われています。 そして、等々力不動尊が祀られている不動の滝こそ、まさにその滝なのです。 そして、学問所であったことから学業や子育てにご利益があると言われています。 また、健康や長寿更には家内安全に効果があるとされ、そのご利益にあやかろうと多くの参拝客が訪れます。 成田山東京別院深川不動堂(東京都江東区) 江戸初期の頃、歌舞伎役者である市川團十郎の芝居に不動明王が登場したことがきっかけとなり、1703年(元禄16年)に創建されたのが始まりでした。 深川のお不動様と親しまれている不動明王像は、本堂に祀られて護摩壇には供物と共に護摩木が炎へとくべられます。 護摩木というのは、人の煩悩を表すもので、炎は不動明王の智慧そのもので、捧げられたことにより煩悩は清き願いへと成就するのです。 そのご利益は、立身出世・願望成就・病魔退散などあらゆることに効果があるとされています。 高幡不動尊 金剛寺(東京都日野市) 平安時代の初期に清和天皇の願いによって建立されました。 「高幡のお不動さん」と周囲から親しまれ、毎月28日になると縁日が開かれ、参拝客で多いに賑わいを見せます。 そして、本堂には2. 8メートルの木造不動明王が二童子を従えて立つ像が建立されています。 1335年(建武2年)に大風で大破したものの、1342年(康永元年)に修繕されました。 ですが、その根本は平安時代後期の作で重要文化財に指定されています。 不動明王の像は奥殿に安置されています。 その身代わりとして不動堂には極彩色の等身大の本尊が祀られ、参拝することが可能となっています。 成田山不動明王金刀比羅神社(千葉県柏市) 閑静な住宅街に静かに佇む神社で、扉の前の鳥居が目印となっています。 その社殿は一般住宅のような造りになっていて、普段はその扉は閉ざされています。 お祭りがある時にはその扉は開かれ、地元の人やお祭りに訪れた観光客などが参拝していきます。 雲霧不動明王(神奈川県川崎市) 木々に囲まれた静かな場所に安置されている不動明王です。 その前には雲霧不動明王と文字が彫られた石碑が建てられ、地元の人々に親しまれています。 身代り不動尊大明王院川崎本山(神奈川県川崎市) 元禄時代に悪疫が流行した際に、祐天上人が人々に不動尊を尊信するようにと教えました。 人々がその言葉に従い信仰を始めると悪疫は見事去りました。 そのことに感謝し、堂宇(堂の建物)を建て神社へと安置しました。 厄除けと交通安全の身代わり不動として多くの参拝客が訪れます。 不動明王の加護を受けるために行うこと 不動明王はその形相から恐いと感じる人もいるかもしれません。 ですが、本来の不動明王は慈悲深い仏で、時には厳しい態度で律してくれるのです。 まずは不動明王がどのような仏なのかを理解することが大切です。 不動明王を祀る神社で手を合わせることも良いですし、日頃から真言を唱えることを心がけることも良いのではないでしょうか。

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