星 新 一 ボッコ ちゃん。 ホシ計画第2回「ボッコちゃん」星新一の作品を採点しよう

『ボッコちゃん (新潮文庫)』(星新一)の感想(759レビュー)

星 新 一 ボッコ ちゃん

読者に強烈な 「読後感」を与える作品に共通するのは、表現ひとつひとつの巧みさでもありますが、なによりもまず始まりから終わりまでの構成に作者の緻密な計算が行き届いているということ。 最近では、人気の高い漫画やアニメなどで、「伏線がすごい」というような評価を耳にするようなこともありますよね。 作品のなかに張り巡らされた伏線が見事であるということは、同時にその仕掛けを回収する「オチ」が秀逸であるということだとも言えます。 そして、文学における伏線回収の名手といえば、なんと言っても 星新一。 原稿用紙20枚にも満たない形式の小説、 「ショートショート」で鮮やかにオチをつける天才でした。 星新一が生涯で発表したショートショートは 1000編以上にも及んでいます。 今回はその1000編もの作品の中から、特にオチが秀逸な作品を3択のクイズ形式でご紹介します。 ( 合わせて読みたい: ) Q1: 青年の恋が招いた悲劇。 「ボッコちゃん」 1958 あらすじ とあるバーのマスターが発明したロボットのボッコちゃんは、見た目は人間と区別できないほど精巧に作られていました。 しかしマスターはボッコちゃんの知能にまで手がまわらず、できることといえば簡単な相槌を打つこと、酒を飲むことだけ。 マスターはボッコちゃんが飲んだ酒を回収し、客にそのまま出すこともありました。 そんなボッコちゃんでしたが、客は酔っているために彼女がロボットだとはちっとも気づきません。 それどころか、美人で大酒呑みのボッコちゃんは、バーの名物となるのでした。 ボッコちゃん目当ての客のなかには、彼女を好きになってしまった青年もいました。 支払いに困った彼は、家の金を持ち出そうとしたところを父親に見つかります。 問題:父親に叱られ「今夜限りだぞ」と金を渡された青年がボッコちゃんに会いにやってきた晩、バーに悲劇が……その悲劇とは、一体何でしょう。 解答:C. 青年が毒薬を混ぜた酒をボッコちゃんに飲ませたまま店を去り、ボッコちゃんから回収した酒を客とマスターが飲んだ結果、全員が毒で死亡。 人の声が止み、誰からも話しかけられないボッコちゃんだけが静かに佇んでいるラストシーンの不気味さが何とも言えません。 ボッコちゃんに毒を飲ませた青年と、回収した酒を皆に振る舞ったマスター、業の深い人間それぞれの行動が招いた悲劇と、感情をもたないロボットとの残酷なコントラストに戦慄させられます。 「不眠症」 1964 あらすじ ちょっとした事故で頭を打って以来、眠れなくなってしまったケイ氏。 やがて彼は眠ろうとするのを諦め、普段働いている会社の夜警として働くことに。 1日中働くようになったケイ氏は貯金の額が増えていく一方で、より強い不眠症に苦しみます。 問題:ケイ氏は不眠症を治すため、今まで貯えた金額を投げ打って新薬を試します。 そんなケイ氏に突きつけられた衝撃の事実とは……? 解答:A. ケイ氏は事故によって眠れなくなったのではなく、事故以来ずっと眠り続けていたという夢オチ。 そんなケイ氏を眠りから覚ましたのは、超高価な新薬であり、彼はこれから当分の間眠らずに働いて治療費を払わなければならないことを知り、愕然とするのでした。 冒頭の「事故で頭を負傷した」という記述から、眠れないのは事故の影響のせいだと読者全員に信じ込ませておきながら、その予想を一気にひっくり返すというまさかの結末。 一般的に「夢オチ」といえば質の悪いオチのつけ方とみなされますが、「不眠症が夢だった」とは読み手の盲点をつく見事なアイデアです。 「騙して悪いが、仕事なんでな」という星新一の高笑いが聞こえてきそうですね。 Q3: これが星新一の描くミステリー!「入会」 1976 あらすじ 十分な財産を有した老婦人の元にある日、1人の青年が訪れます。 満たされてはいるが退屈な日々を暮らしていた老婦人に対し、「このままだとボケてしまう」という注意からある会合への入会を勧める青年。 興味にかられて入会した老婦人は後日、ある電話番号を伝えられ、電話相手と長話をするよう指示を受けます。 なんてことのない指示だと思いきや、実はその行動で老婦人は間接的に殺人に関与していたのでした。 その会合の狙いとは、会員たちによる小さな行動を積み重ねることによって大きな悲劇に発展させるというもの。 問題:恐ろしい会合に加わってしまったと震える老婦人は、あることに気が付きます。 そのあることとは……? 解答:A. 老婦人は会合について考えを巡らせることで退屈しないどころか、ぼけ防止に役立つと気付きます。 それだけでなく、電話が鳴る度にまた何か簡単な指示が来ないだろうか、と期待する自分もいるのでした。 退屈を持て余す老婦人が素性を明かさない青年に対して言う、「ちょっとミステリーじみていて、面白いわね」という言葉通り、「入会」はミステリー的なトーンを持った作品です。 自分の知らないところで、顔を合わせたこともない会員たちが結果的に大きな犯罪に関与してしまうというからくりは、老婦人だけでなく読者も想像できない恐怖を描いており、SFのイメージが強い星新一の作品のなかでも異彩を放っています。 Q4: ショートショートならではのテンポ感。 「ポケットの妖精」 1976 あらすじ ある日、真面目ではあるが冴えない青年のもとに妖精が現れます。 「恋の女神の娘」だという妖精の勧めるまま、妖精を服のポケットに入れて出かけた青年は、突如として女性からモテるように。 そんな良い気分で豪遊していたのもつかの間、貯金が底を尽きかけます。 金策のため知り合いに貸していた金を返してもらおうとしては断られ、金融業者から金を借りようとしてはひったくりに遭ってしまうなど、青年に舞い込むのは不運ばかり。 妖精ともども夜逃げした青年がその後出会うのは、お金に縁の無い女性たちでした。 問題:青年は恋人を作るチャンスに恵まれている一方で、金銭面で損ばかりするのは何故でしょうか。 解答:B. そんな状況を嘆く青年に妖精は首をかしげてこう言います。 「実はあたしの父、貧乏神なの……」 星作品によく見られる「冴えない主人公のもとにチャンスが舞い込む」という作品ではありますが、「ポケットの妖精」は落語のような痛快さを持っています。 起承転結がコンパクトにまとまっている点も、ショートショートならではの魅力です。 Q5: タイトルがじわじわと恐怖を生む。 「おーい でてこーい」 1958 あらすじ 台風により、小さな村の社が崖くずれで流されてしまいます。 その跡に残されていたのは、直径1メートルほどの不思議な穴でした。 「おーい でてこーい」と叫んだり、石ころを投げ入れても何も反応が無い穴は多くの人の注目を集めます。 やがて人々がその穴に、原子炉のカス、不要になった機密書類、さらには死体など、処理に困ったものをどんどん投げ込んでいくようになっても、いっぱいになる気配は見えません。 穴のおかげで以前よりも海や空が綺麗になり、都会には新しいビルが作られていくようになります。 問題:ある日、建設中のビルの上で一休みしていた作業員は不思議な出来事に遭遇します。 その不思議な出来事とは一体何でしょう。 解答:C. 作業員は空から降ってきた「おーい でてこーい」という声を耳にしますが、続いて降ってきた石ころには気がつきませんでした。 どうやら、都会の住民たちが穴に放りこんできた様々なものが時間を超えて降りかかってきているようです。 なんと、「おーい でてこーい」のオチは、今でこそライトノベルやアニメで定番になりつつある 「ループもの」。 一巡目は都合の悪いものを処理でき、街が発展していく良いことばかりの世界でしたが、この後はそのツケを払わなければいけないであろう世界が待っていると予想されます。 「発展の代償」という、21世紀を生きる我々にとっても身につまされるテーマを描いた作品と言えるでしょう。 おわりに 星新一のショートショートは、老若男女を問わず今も読み継がれています。 長さに制約のある作品の中に伏線を張り巡らせながら「オチ」への期待感をあおるという星新一のお家芸とも言える作風は、現代にも通用するエンターテインメントなのですね。 皆さんも、星新一のオチの構成術を参考に、ブログやSNSに投稿する文章を書いてみてはいかが? 「これは一本取られた!」そんな反応が返ってくるかもしれませんよ!.

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星新一さんのショートショートで小学校低学年の子供達でも面白がってくれる覚え...

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影響を受けたもの• 、 星 新一(ほし しんいち、本名: 星 親一、(15年) - (9年))は、の、。 父はの創立者での創業者・。 は母方の大伯父にあたる。 本名の親一は父・一のモットー「親切第一」の略である 弟の名前の協一は「協力第一」の略。 父の死後、短期間星製薬の社長を務めたことがあり、日本の有名作家としては辻井喬ことと並んで稀有な一部企業(当時)の社長経験者である(ただし、堤の場合は西武の経営参加や上場よりも創作活動が遙かに先行しており、星の場合は完全に経営を離れたのちに創作活動が始まっている)。 膨大な作品量でありながら、どの作品も質の高さを兼ね備えていたところから「()の神様」と呼ばれているが、『』、父親や父の恩人らを書いた伝記小説『』などのノンフィクション作品もある。 ・と共に「SF御三家」と呼ばれる。 略歴 [ ] (大正15年)、曙町(現・)に生まれる。 母方の祖父の家がある本郷で(20年)まで育つ。 母方の祖父母は帝国大学医科大学長で解剖学者のとの妹・である。 また小説家・は父の妹の孫にあたる。 附属小学校(現・)を経て、附属中学校(現・)に進む。 附属中学の同期には、()、()、(元学長)、(映画監督)、(元会長)、(名誉教授)などがいた。 附属中在学中の12月に対米開戦となり、これによりが敵性語となること、敵性語として入試科目から除外されることを見越して英語を全く勉強せず、他の教科に力を入れて要領よく四修(、は5年制)で旧制の官立(現・及びに継承)に入学した。 このため秀才と呼ばれたが、戦後になってから英語力の不足を補うための個人授業を受け、さんざん苦しんだという。 高等学校在学中、満16歳の時に1年間の寮生活を経験した。 当時の寮生活について、親友のやがしばしばの寮生活を懐かしんでいるのとは対照的に「不愉快きわまることばかりで、いまでも眠る前に思い出し、頭がかっとなったりする」 、「入ってみてわかったことだが、この学校はとてつもなく軍事色が強く、教師だけならまだしも、生徒たちの多くもそのムードに迎合していたので、うんざりした。 着るものはもちろん、食うものもだんだん不足してくるし、学校は全部が狂っているし、まったく、どうしようもない日常だった」 と回想している。 これには戦後と戦中の違い、四修の星が若年だったことも大きい。 星は高校も2年で終えているため、卒業者よりも1年早い満21歳で大学を卒業している(通常ならの場合は満23歳)。 (昭和23年)、東京大学科を卒業した。 農芸化学科での同級生には後の酒類評論家の(俳優・の兄)がいた。 卒業論文は固形の培養についてであった。 高級官吏採用試験である(のちの国家公務員I種試験、現在の)に合格したが、内定を取ることに失敗した。 なおかつ役人嫌いの父に受験が発覚し、厳しく叱責された。 東大の大学院に進学し、のもとでを研究する。 液体内での澱粉分解酵素の生産などをした。 (昭和25年)に大学院の前期を修了する。 修士論文は「のカビの液内培養によるアミラーゼ生産に関する研究」(アスペルギルスはコウジカビのこと)であった。 (昭和24年)、同人誌「リンデン月報」9月号にショートショート第1作『狐のためいき』を発表する。 (昭和26年)、父が急逝したため同大学院を中退し、会社を継ぐ。 当時の星製薬は経営が悪化しており、経営は破綻、会社をに譲るまでその処理に追われた。 この過程で筆舌に尽くしがたい辛酸をなめた星自身は後に「この数年間のことは思い出したくもない。 わたしの性格に閉鎖的なところがあるのは、そのためである」と語っている。 会社を手放した直後、病床での『(火星人記録)』を読んで感銘を受ける。 この出会いがなければSFの道には進まなかっただろうと回顧する。 星は厳しい現実に嫌気が差し、空想的な「」に興味を持つようになる。 たまたま近くにあった「」に参加した。 この研究会は、が加わっていたことでも知られている。 星製薬退社後は作家デビューまで浪人生活が続くが、自宅が残っていた上に、の非常勤理事として当時の金額で毎月10万円が給付されており、生活に窮するようなことはなかった。 (昭和32年)、「空飛ぶ円盤研究会」で知り合ったらと日本初のSF「」を創刊する。 第2号に発表した『セキストラ』がに注目され 、当時の担当編集だった「」に転載されてデビューした。 (昭和33年)には、が創設した若手推理小説家の親睦団体「」に、、、、、、と参加した。 なお、「他殺クラブ」については、佐野洋の自伝『ミステリーとの半世紀』(小学館)には、「1960年3月結成」とある(同書、P. 130)。 (昭和35年)には「」に作品が載り、また「」から注文がくる。 また「弱点」「雨」などショートショート6編で候補となる。 また、この年に原作の実写版テレビドラマ「」でSFアドバイザーとしてクレジットされる。 (昭和36年)、医者の娘で小牧バレエ団のだった村尾香代子と見合い結婚した。 髪が長いのが結婚を決意する決め手になったと後年語った。 (昭和38年)、の主導によるの創設に参加した。 同年、同クラブの一員として、第1作『』の企画会議に加わる。 会議に同席した『変身』、『悪魔ッ子』の脚本担当者・の証言によると、この場においては後に伝説となるような飛躍した発想の発言は聞かれなかったとのことである。 また、この年に福島正実と2人で、特撮映画『』の原案にクレジットされているが、実際はほとんどタッチしていない。 以降、40代から50代ながら、SF界では「巨匠・長老」として遇されることになる。 1976年(昭和51年)から1977年(昭和52年)まで「日本SF作家クラブ」の初代会長を務めた。 (昭和54年)、「星新一ショートショート・コンテスト」の選考を開始する。 (詳しくはを参照) (昭和55年)、の選考委員を務める(昭和56年()まで)。 (昭和58年)秋に「ショート・ショート1001編」を達成した。 ただし、それまで関係が深かった各雑誌に一斉にショート・ショートを発表したため、「1001編目」の作品はどれか特定できないようにされている。 かねてより「住んでみたい街」に東京都港区高輪を挙げており 、母の死去による戸越の自宅の売却に伴い、(平成5年)、高輪のマンションに転居した。 (平成6年)にと診断され、手術を受ける。 入退院を繰り返した後、(平成8年)に自宅で倒れてに入院。 肺炎を併発して人工呼吸器の必要な状態であったが、には人工呼吸器を外すことができた。 しかしの夜中、酸素マスクが外れ、呼吸停止に陥っているところを看護師に発見された。 自発呼吸は再開したものの、それ以後意識を取り戻すことはなく、(平成9年)18時23分、の東京船員保険病院(現・)でのために死去した。 71歳没。 評価 [ ] (平成19年)、死後10年目にして、星が残していた大量のメモ類と130名余の関係者へのインタビューを基にしたの大部の評伝『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社)が刊行され、「ひょうひょうとした性格」と思われていた星の人間的な苦悩や「子供向け作家」と扱われていることへの不満、家族との確執、筒井など後輩作家への嫉妬などが赤裸々に描かれ、従来の「星新一」像を覆す内容で衝撃を与えた。 また、この書では初期には直木賞落選が名誉と受け止められるほどハイブロウな存在として遇され、(とSFの両分野で評価されていた)のライバル心をかきたてるほどであった星が、後に大衆に広く受け入れられるに従って文学的評価が伴わなくなってきた変遷も描き出されている。 星作品の文庫解説には、SF作家仲間を除いても、、、、、ら大物の名が並ぶ。 晩年のも星作品を愛読していたことはが紹介しており、また星が「歴史もの」を執筆するにあたり取材を受けたもその新境地開拓を称賛するなど、後述するSFファンの冷淡さに比べると文壇内部での評価は決して低くはなかった。 受賞(受賞候補)歴 [ ]• 1961年(昭和36年)2月、ショートショート6編(『弱点』、『』、『雨』、『誘拐』(『その子を殺すな! 』)、『信用ある製品』、『食事前の授業』)での候補作に選ばれる。 (昭和37年)、ショートショート集『』、ショートショート集『』(旧バージョン)、ショートショート集『悪魔のいる天国』で第15回候補。 (昭和40年)、長編小説『』で第18回日本推理作家協会賞候補。 (昭和43年)、ショートショート集『』で第21回日本推理作家協会賞を受賞。 (昭和56年)、「」(が自宅を領土として設立した)から文華勲章が授与される。 「日本の勲章ならみっともなくて下げておられぬが、外国の勲章なら…」と語った。 (平成10年) - 第19回特別賞を受賞。 星雲賞について [ ] SFファンが選ぶ年間ベスト賞である(1970年創設)を星は一度も受賞していない。 その低評価の事情については、筒井自身が星の真価がわかるようになったのは30歳に近くなってからだったと述べた後、星雲賞の母体であるSFファン・グループは10代から20代が多数を占めている(当時の話)ため、そういった若い世代からショート・ショートというものがたいへん軽いものと見られているのでは、と想像している。 ただし、1983年の「ショートショート1001編を達成」を機に、翌1984年夏の日本SF大会で、議長の門倉純一の提案で「星雲賞特別賞」を授賞することとなる。 実際に授賞式まで行われたが、星の側が受賞を拒否し、「幻の星雲賞」となった。 後年、、、、、、らは死去した際に星雲賞特別賞を受賞したが、星の死去時は授賞されなかった。 第39回(2008年)において、最相葉月の評伝『星新一 一〇〇一話をつくった人』が星雲賞ノンフィクション部門を受賞した。 作品の特徴 [ ] 星の作品、特にショートショートは通俗性が出来る限り排除されていて、具体的な地名・人名といった固有名詞が出てこない。 例えば「100万円」とは書かずに「大金」・「豪勢な食事を2回すれば消えてしまう額」などと表現するなど、地域・社会環境・時代に関係なく読めるよう工夫されている。 さらに機会あるごとに時代にそぐわなくなった部分を手直し(「電子頭脳」を「コンピュータ」に、「ダイヤルを回す」を「電話をかける」に直すなど)しており、星は晩年までこの作業を続けていた。 激しい暴力や殺人シーン、ベッドシーンの描写は非常に少ないが、このことについて星は「希少価値を狙っているだけで、別に道徳的な主張からではない」「単に書くのが苦手」という説明をしている。 加えて、時事風俗は扱わない、表にない漢字は用いない、前衛的な手法を使わない、などの制約を自らに課していた。 ショートショートの主人公としてよく登場する「エヌ氏」などの名は、星の作品を特徴づけるキーワードとなっている。 「エヌ氏」を「N氏」としないのは、アルファベットは、日本語の文章の中で目立ってしまうからだと本人が書いている。 しばしば未来を予見しているかのような作品が見受けられるが、いずれも発表された時点では、何をどう予見しているのかは誰にも(あるいは本人ですら)分からなかった。 以下にその例を挙げる。 () 電話線を経由する情報(血圧や体温なども感知する)をコンピュータに管理させている。 コンピュータはいたるところに設置され、すべてネットワークでつながっている。 人間たちは好きな時に好きな場所で必要な情報を取り出している(の普及、の実現)。 (1958年) ある日突然出来た深い底なしの穴に、生産することだけ考えていて、その後始末は誰も考えていなかった人間たちは、これ幸いとばかりに都会のゴミや工場の排水や放射性廃棄物など、物を生産することで発生した不用なものをどんどん捨てていく(公害、生態系の破壊、大量消費社会)。 (1977年) 戦争に関する事物、事象などあらゆるものを封印してねじ曲げて管理された世界を描く(、などに踏み込んだ監視社会。 、改正などに含まれる単純所持規制問題など)。 作品は20言語以上に翻訳され 、世界中で読まれている。 的な内容の作品が多く、星も自らを「現代の」と称していた(『未来いそっぷ』と題した作品集もある)。 その柔軟な発想と的確に事物の本質をつかんだ視点の冷静さから多くの読者を獲得したほか、学校教科書(『国語 小学5年』に掲載された「おみやげ」、『』に掲載された「おーいでてこーい」(英語の教科書であるため、英訳され「Can Anyone Hear Me? 」のタイトルで収録)など)やテレビ番組『』(「殺し屋ですのよ」など)・『』(「おーい でてこーい」「ネチラタ事件」など)の題材に採用されている。 評論家のは自身の評論の中で星のショートショートをしばしば引用し、どんな時代においても通用する星作品の「普遍的な人間性への批評」を強調している。 また、は星の作品について、による自己規制と、人間に対する深い理解、底知れぬ愛情や多元的な姿勢が、彼の作品に一種の透明感を与えていると評した。 その一方で日本人が小説において喜ぶような、怨念や覗き趣味、現代への密着感やなま臭さや攻撃性が奪われ、結果として日本の評論家にとっては星の作品が評価しづらくなり、時として的はずれな批評をされることになったと指摘している。 星は後期の作品においてその形式を大きく変化させたが、筒井はそのことにも触れ、星は数十、数百に及ぶ膨大な対立概念・視点・プロット・ギャグ・ナンセンスのアイデアを持っており、後期の作品に見られる「価値の相対化」「ラスト一行の価値転換によるテーマ集約の排除」といった変化は、彼の視点のアイデアのうちのほんの一例に過ぎないと評価している。 挿絵の多くはやが担当している。 真鍋とは特に初期からの名コンビで、真鍋の挿絵を星がセレクトした『真鍋博のプラネタリウム 星新一の挿絵たち』という本も出している。 アメリカのの収集家でもあり、それらをテーマ別に紹介した『』(全2巻、文庫は3巻)という本も刊行している。 さらに官僚の壁に立ち向かい、そして敗れた父・一を描いた『人民は弱し 官吏は強し』、時代の新聞の珍記事を紹介した『夜明けあと』のようなSF以外の近代史ノンフィクションや『きまぐれ - 』で始まるタイトルの集なども多数残している。 人物・エピソード [ ] 容貌や作風とは裏腹に、実生活でもギャグを連発するなど「奇行の主」と呼べる側面があった。 SF仲間の集まりなど、気を許せる場では奇人変人ぶりを遺憾なく発揮していた。 同行している作家仲間を驚かせることもしばしばだったという。 特に筒井の初期短編は、星の座談でのギャグに大きく影響を受けているといわれる。 SF作家仲間たちと西新宿の台湾料理店(山珍居)に集まり、SF的な雑談に興じたが、中でも星の「異常な発想の毒舌発言」はその中でも群を抜いていて、他のSF作家たちの回想文などで神話的に語られている。 その一部は『SF作家オモロ大放談』(いんなあとりっぷ社、1977年。 のちに『おもろ放談』(1981年)と改題され角川文庫に収録)で読むことができる。 は星の異常な発言をテーマにした短編小説「星新一の内的宇宙 (インナースペース)」を発表しており、作家仲間が集まると自然と星を中心に話題が広がっていた様子が描写されている。 しかし、文庫解説等では(育ちがいいこともあり)しばしば紳士的な人物と書かれた。 世代・生育環境が近いこともあり、とも親交が深かった。 また、礼節を欠いて接してくる人間には距離を置いて接していた。 が人手に渡った後も永らく、評議員という肩書きがあった。 なお、の漫画『』の主人公・「星真一」の名前は彼に由来する。 星新一自身は、手塚の息子のにちなんでいる可能性も考えていた。 『』1970年10月号で、と「SFの純文学との出会い」という対談をした際、星が「に、ヒューマニズムに燃えた外国の医師団が乗り込んで病気を治し、死亡率をさげた結果、人口が増えて貧民が多数発生した。 一種のヒューマニズム公害と言える」と発言したところ、同席していた編集者は「公害が文学になるのですか? 」「問題があるのはわかりますが、どうして文学がそんなものに、こだわらないといけないのですか? 」と応答をした。 星は「文学が想像力を拒否するものだとは思わなかった。 ぼくが純文学にあきたらなくなった理由がわかった」と発言した。 SF的発想に対する「純文学側の無理解」として、有名なエピソードである。 作品のアイデア同様、他の作家とは着眼点が異なり、第1回SF新人賞の選考委員として、小松や筒井がほとんど問題にしなかったの『あたしの中の……』を強力にプッシュし(結果は佳作入選)、作家として活躍していくきっかけを作った。 ただ一人、選考委員を任じたショートショート・コンクール(のちにショートショート・コンテストと名称変更)からも数千にも及ぶ作品の中から、後にプロとして確固たる活躍をしていく作家を多数発掘しており、その慧眼ぶりを発揮しつつ後進に道を拓いている。 とはいえ、とほぼ同時期に募集・発表があったショートショート・コンテスト「」の受賞作については「感性を非常に重視した作品」が選ばれており理解が及ばず、お手上げの状態だったという。 生前は自己の作品の映像化・化をほとんど許さず、アニメ化を持ちかけた製作会社のに「自分の作品がいじくられるのは真っ平ごめんだ。 やるなら俺が死んでからにしてくれ。 それなら文句は言わない」と断っている。 小松はこの件を聞き、「星さんならそう言うだろう」と武田に語り、自作のテレビアニメ化『』を快諾したという。 例外的に短編のいくつかが、アニメーション作家のによってとして在命中に製作されている(参照)。 なお、作品にほとんど反映されていないため看過されがちであるが、星は化学の号を持ち、その方面の著書もある、れっきとした科学者出身SF作家である。 また、「リスクもなく大きなもうけが出る」と称して大量の人から金銭を集める詐欺行為の被害者について、「だまされた者は、欲に目がくらんだ者であり、救ってやる必要などない」などと辛辣な内容をエッセイに書いていた。 別のエッセイ集『できそこない博物館』では、「をつかまされれば、誰だって人間不信になる」といった一文を目にすることができる。 特にに傾倒したり滞在した経験があるわけではないが、この国と縁の深い人物の多い家系 も影響しているのか、びいきの感覚があり、エッセイ「クマのオモチャ」では「ドイツを全面的に信用している」「いい意味での恐るべき民族である」と手放しに近い賛辞を呈していた。 同じくエッセイ「名前」では長女の名前ユリカを誕生月のドイツ語(Juli ユーリ)から発想した経緯を綴っている(ともに『気まぐれ星のメモ』所収)。 また、星作品には国籍の明確な外国人はほとんど登場しないが(そもそもどこの国の話かすら判らないものが多い)、『ほら男爵現代の冒険』の主人公は当然ドイツ人であり、『気まぐれ指数』にも重要な脇役で在日ドイツ人が登場している。 青年期と、かなりのブランクを経て中年期以降にもクラシック音楽を愛聴していた。 クラシックの中で最も好きな曲に、『』を挙げ、、、の演奏盤を愛聴していた。 小松左京によると、星にはの傾向があり、ひところはピーター()に入れ上げて「ピーターに会わせてくれるんだったら、とにかく大長編書くとかね、つまらんこといってた」という。 その後、に入れ上げていた時期もあり、「彼はね、一人で支那まんじゅう食いながら、郷ひろみのテレビ見てんだそうですけど、鬼気迫るな」とも小松は発言している。 ウイスキーが好きで、特にの角瓶を愛飲していた。 エジプト旅行に行く際、免税店で買い求めたが取り扱っておらず、仕方なくオールドを買った。 角が置かれていなかったことを非常に残念がり、「角なんて飲めなかったな、昔は」「飲めなかった。 高級品だったんだ。 手が出なかった。 それが、いまじゃ、ああいう所に置いてないんだから。 喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか」と発言している [ ]。 は2012年9月6日に「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」の開始を発表した。 (はこだて未来大学)、(はこだて未来大学学長)、(はこだて未来大学)、(はこだて未来大学)、()、()の6人でプロジェクトチームを結成した。 星新一のショートショート作品の解析を行い、プログラム的に体系化、生成アルゴリズムの検討と共にを繰り返し、人工知能によって2017年までに星新一作品と同等かそれ以上のショートショートを自動生成できるようにすることを目指している。 が小説の評価方法の検討を行うなどの顧問を務める。 9月には、自動生成されたショートショートを第3回に応募したことが発表された。 ホシヅル [ ] 作品 [ ]• ((昭和34年)) 少年向けの科学解説書。 長らく絶版だったが、(平成12年)にからとして発行。 また、(平成17年)にからとして発行。 ((昭和36年)) 初の短編集。 30篇収録であり、現在の自選集『ボッコちゃん』とは異なる。 ((昭和36年)) 31篇収録。 星によると「ガガーリン少佐を乗せた初の人工衛星発射のおかげもある」とのこと。 悪魔のいる天国((昭和36年))• ボンボンと悪夢((昭和37年))• 宇宙のあいさつ((昭和38年))• 気まぐれ指数((昭和38年)) ユーモアミステリー小説。 初の長編。 に連載された。 附属中学(現・)時代の同級生で当時文化部次長のが連載させた。 ()、(「おれの番だ」に改題、出演)でテレビドラマ化もされた。 花とひみつ((昭和39年)) 和田誠挿絵による限定版であり、私家版。 (昭和54年)にから『はなとひみつ』の題名で出版された。 『はなとひみつ』は長らく絶版だったが、(平成21年)にフレーベル館より復刊された。 妖精配給会社((昭和39年))• ((昭和39年)) はじめてのSF長編。 『』に連載された。 おせっかいな神々((昭和40年))• ノックの音が((昭和40年)) いずれも「ノックの音が」の文ではじまる連作もの。 エヌ氏の遊園地((昭和41年))• 黒い光((昭和41年)) 少年向けSF8篇収録。 現在絶版だが、『ちぐはぐな部品』に数編が改稿の上収録されている。 気まぐれロボット((昭和41年))のちに『きまぐれロボット』に改題。 子ども向けショートショートに童話を加えたもの。 妄想銀行((昭和42年))• 盗賊会社((昭和43年))• マイ国家((昭和43年))• 午後の恐竜((昭和43年))• ひとにぎりの未来((昭和44年))• 宇宙の声((昭和44年))。 長らく絶版であったが、(平成18年)にから改版されて復刊。 おみそれ社会((昭和45年))• 声の網((昭和45年)) 12章よりなるSF短編連作。 長編と見なすこともできる。 ほら男爵・現代の冒険((昭和45年)) 「ほら男爵」ことの子孫の冒険を描く、連作短編集。 星はドイツびいきで、「気まぐれ指数」にも重要な役割で在日ドイツ人を登場させている。 ただし、こちらの内容は完全な無国籍風である。 だれかさんの悪夢((昭和45年))• 未来いそっぷ((昭和46年))• ((昭和46年)) 『人造美人』『ようこそ地球さん』の中から19編を選び、それにほかの短編集に収録の作品を加えて50編にまとめた自選短編集。 なりそこない王子((昭和46年))• だれも知らない国で((昭和46年)) 書き下ろし長編の少年もの。 後に『ブランコのむこうで』と改題された。 さまざまな迷路((昭和47年))• にぎやかな部屋((昭和47年)) 戯曲。 として書かれたが、舞台上演もされている。 ようこそ地球さん((昭和47年)) 自選集である『ボッコちゃん』に収録しなかった、『人造美人』と『ようこそ地球さん』((昭和36年))の残りの42篇を集めた短編集。 ちぐはぐな部品((昭和47年))• おかしな先祖((昭和47年)) ユーモアSF短編10編。 殿さまの日((昭和47年))• ((昭和48年)) 時代小説5篇を収録した短編集。 ・・を描いた3作と、フィクション2作からなる。 かぼちゃの馬車((昭和48年))• ごたごた気流((昭和49年))• 夜のかくれんぼ((昭和49年))• おのぞみの結末((昭和50年))• たくさんのタブー((昭和51年))• 白い服の男((昭和52年))• どこかの事件((昭和52年))• 安全のカード((昭和53年))• ご依頼の件((昭和55年))• 地球から来た男((昭和56年))• ありふれた手法((昭和56年))• 凶夢など30((昭和57年))• どんぐり民話館((昭和58年))• これからの出来事((昭和60年))• 竹取物語((昭和62年)) 日本最古の物語とされる『』を現代語訳したもの。 つねならぬ話((昭和63年)) 神話的な物語を描いた短編集。 天国からの道((平成17年))• ふしぎな夢((平成17年))• つぎはぎプラネット((平成25年)) エッセイ集 [ ]• きまぐれ星のメモ((昭和43年)• 進化した猿たち((昭和43年)) アメリカのの紹介とエッセイ。 新・進化した猿たち((昭和43年)) 進化した猿たちの続編。 のちに再編集し、『進化した猿たち 1・2・3』の3冊で文庫化される。 ただし現在はいずれも絶版。 きまぐれ博物誌((昭和46年)• きまぐれ暦((昭和50年))• きまぐれ体験紀行((昭和53年)) ソ連、東南アジア、香港、韓国等の旅行体験を描いたエッセイ集。 きまぐれフレンドシップ((昭和55年))• きまぐれ読書メモ((昭和56年))• きまぐれエトセトラ((昭和58年))• できそこない博物館((昭和60年)) 小説の発想についてのエッセイ集。 あれこれ好奇心((昭和61年))• きまぐれ学問所((平成元年))• きまぐれ遊歩道((平成2年))• ノンフィクション [ ]• 人民は弱し官吏は強し((昭和42年)) 実父である星製薬の創立者・星一の栄光と悲劇を描いたノンフィクション。 祖父・小金井良精の記((昭和49年))• 明治・父・アメリカ((昭和50年)) 星の父の少年・青年期を描いたもの。 明治の人物誌((昭和53年)) 星の父とかかわりのあった明治期の10人を伝記にしたもの。 なお10人とは、・・・・・・・・・。 夜明けあと( 平成8年)) 「」の明治時代の世相や風俗を扱った新聞記事を1年ごとに整理して紹介したもの。 作品集 [ ]• 『星新一作品100』早川書房〈世界SF全集 第28巻〉、1969年7月20日。 『星新一の作品集』全18巻 新潮社、(昭和49年) - (昭和50年)• 『星新一ショートショート1001』全3巻 新潮社、(平成10年)• 『きまぐれ星からの伝言』(編、徳間書店、2016年(平成28年) - 小説・エッセイ・翻訳・インタビュー・対談・講演など 翻訳 [ ]• 『さあ、気ちがいになりなさい』 早川書房 (昭和37年)• 『』 早川書房、(昭和41年)• 『トマニ式の生き方』 エイプリル・ミュージック (昭和53年)• フレドリック・ブラウン『フレドリック・ブラウン傑作集』 サンリオ、(昭和57年)• 『アシモフの雑学コレクション』 新潮社、(昭和61年)• なお星作品の主な外国語訳は以下のとおり。 (昭和38年)に『ボッコちゃん』が英訳され、『Magazine of Fantasy and Science Fiction』6月号に掲載。 (昭和41年)に短編『景品』がに訳され、紙に掲載。 同年『冬きたりなば』が・ミル出版社刊の『世界SF選集』の国際短編アンソロジーに収録される。 (昭和42年)、短編『タバコ』『願望』『危機』『冬きたりなば』『宇宙の男たち』『景品』がソ連・ミル出版社刊の日本SF短編アンソロジーに収録される。 ドラマ原作 [ ]• - NHK総合テレビにて(昭和35年)9月5日から(昭和37年)3月27日まで放送されたSF人形劇。 星新一に関する作品 [ ] 特集雑誌など [ ]• 別冊新評『星新一の世界』 新評社、1976年(昭和51年)12月(「76 AUTUMN」号。 内容は、本人のエッセイ、ショートショート、インタビュー、対談、他作家などの寄稿、座談会、グラビア(スナップ写真、収集物など)、資料(大辞典、年譜、作品目録、書評目録など)他• 『SF作家オモロ大放談』(いんなあとりっぷ社、1977年)• 『おもろ放談』(改題、角川文庫、1981年) 星新一作品の漫画化 [ ]• 『』 、平成13年(2001年)9月号 - 平成16年(2004年)6月号)• 、、他『コミック星新一 ショートショート招待席』 秋田書店(秋田文庫)、平成20年()• 「ふしぎなくすり」(原作:盗んだ書類)• 毎日映画コンクール、教育映画祭教育映画部門最高賞、東京都教育映画コンクール銀賞受賞• 「ようこそ宇宙人」(原作:夜の事件)• ベネチア国際児童映画祭(イタリア)銀賞、毎日映画コンクール、教育映画祭学校教育映画部門最高賞、児童福祉文化賞、東京都教育映画コンクール金賞受賞• 「キツツキ計画」(原作:キツツキ計画)• 「花ともぐら」(原作:花とひみつ)• 『』(、(昭和48年) - )• 『女難の季節』(、1989年(平成元年)9月25日)• 『星新一ショートショート劇場』((平成19年))• 「ゆきとどいた生活」、「肩の上の秘書」、「プレゼント」、「包囲」、「愛用の時計」の5編。 『』(、(平成20年) - (平成21年)、(平成22年))• 上記の反響を受けてのシリーズ化。 毎週3編をそれぞれ実写・手描きアニメ・CGアニメで映像化。 実に100編近いショート・ショートが映像化された。 『』((平成16年))• きまぐれロボットのショートショートの小説をとに映像にした作品。 声の出演:・、。 (・)• 『人形』(1992年(平成4年)6月4日) - 主演:• 『ネチラタ事件』(1992年(平成4年)8月13日) - 主演:• 『穴』(原作「おーい、でてこーい」)(1992年(平成4年)12月30日) - 主演:• 『ブルギさん』(原作「もてなし」)(1995年(平成7年)1月4日) - 主演:• 『夢のつづき』(原作「はやる店」)(1995年(平成7年)1月4日) - 主演:• 『殺し屋ですのよ』(2004年(平成16年)) - 主演:• 『ぴったりのベルト』(原作「愛用の時計」)(2000年(平成12年)1月13日) - 声の出演:ほか• 『殺し屋ですのよ』(2000年(平成12年)2月3日) - 声の出演:、ほか• 『逃走の道』(2000年(平成12年)2月17日) - 声の出演:、、ほか• 『謎の通信販売』(原作「世界の終幕」)(2000年(平成12年)6月22日) - 声の出演:ほか• 『生み出すニワトリ』(原作「リオン」)(2001年(平成13年)1月18日) - 声の出演:、ほか• 『鈴森なんでも相談所 〜外灯〜』(原作「サービス」)(2001年(平成13年)2月8日) - 声の出演:、ほか• 『』(フジテレビ、2014年(平成26年)2月15日)• 「程度の問題」、「きまぐれロボット」、「霧の星で」、「七人の犯罪者」、「華やかな三つの願い」の5作品をドラマとして放送 伝記 [ ]• 『星新一 一〇〇一話をつくった人』新潮社、2007年3月。 最相葉月『星新一 一〇〇一話をつくった人』上、新潮社〈新潮文庫〉、2010年3月。 - 修正加筆。 人名索引と年譜を追加。 最相葉月『星新一 一〇〇一話をつくった人』下、新潮社〈新潮文庫〉、2010年3月。 研究・エッセイ [ ]• 最相葉月『あのころの未来 星新一の預言』新潮社、2003年4月。 最相葉月『あのころの未来 星新一の預言』新潮社〈新潮文庫〉、2005年9月。 『星新一空想工房へようこそ』最相葉月監修、新潮社〈とんぼの本〉、2007年11月。 フィクション [ ]• 「星新一の内的宇宙 (インナースペース)」(ショートショート) - 初出『』1970年5月号 星新一ショートショート・コンテスト [ ] 1979年(昭和54年)より始まった星の選考によるショートショート作品のコンテスト。 発案者は講談社の編集者(秀雄)。 毎年の優秀作品は単行本として出版されている。 星の死後も選者をに変え、マイナー・チェンジを繰り返しながら継続中である。 受賞者の中でもの才能は非常に評価しており、星自身は「唯一の弟子」と考えていて江坂の子供の名づけ親にもなった。 もっとも、いわゆる第二世代のSF作家たちには私的交遊なども通じて星の弟子を自認している者が多く、第一世代後半組でも作風にまったく共通点のないが文庫解説で弟子を宣言している。 主な受賞者 [ ]• 1979年(昭和54年)入選• (絵本作家)• (SF作家)• (放送作家)• (放送作家)• 1980年(昭和55年)入選• (ショートショート作家)• (介護福祉作家)• (情報工学者、『』解説委員)• (SF作家)• 1981年(昭和56年)入選• (推理小説作家)• (昭和57年)入選• (『』同人誌推薦)• (医学解説)• 1983年(昭和58年)入選• (絵本作家)• (ホラー作家)• (推理小説作家)• (昭和59年)入選• (SF作家)• (推理小説作家)• (昭和60年)入選• (絵本作家)• (SF作家)• (SF作家)• (介護福祉作家)• コンテスト• (ミステリ作家)• (SF作家)• (ミステリ、時代小説作家)• (童話作家)• (SF作家)• (放送作家)• (ミステリ作家)• (ショートショート作家) 星新一賞 [ ]• 星新一「『』に魅入られて」(『川端康成全集第6巻』第7回月報)(新潮社、1969年)• 北杜夫との対談「わが習作時代とSF文学と」では、北杜夫から好きな外国作家を聞かれ「シェクレー、ブラッドベリー、ハインライン、フレドリック・ブラウンもうまいし」と答えている(北杜夫『マンボウ談話室』p. 183、講談社、1977年)。 『「小松左京スペシャル」』 、2019、p. 『きまぐれ読書メモ』p. 219(、昭和56年(1981年))• 星新一『きまぐれ読書メモ』p. 20(、(56年))• 『きまぐれ暦』p. 225(、(昭和54年))• 『きまぐれ読書メモ』(有楽出版社)p. 108• ただし、星自身は「先日、東大の大学院の女性の会(妙なのがあるな)に呼ばれ、話をした。 修士課程を二つ出て、博士課程に在籍の人もいた。 まいったね。 それから私は、自分の略歴から、大学院に行ったことを削るようにしている。 学歴で作品が書けるわけじゃない」と述べている。 『気まぐれスターダスト』p. 75(2000年、出版芸術社)を参照。 「星新一年譜」(『別冊新評 「星新一の世界」 76 AUTUMN』、新評社、(昭和51年))、p. 202。 『人民は弱し 官吏は強し』、『星新一 一〇〇一話をつくった人』• その後、1970年の『日本紳士録』第58版にも「星薬科大理事」との肩書が記載されている。 ただしは『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社、(19年))のpp. 208-217で「からしきりに『セキストラ』を読むよう勧められた乱歩は、一読してこれは傑作だと思い『宝石』に掲載することを考えたが、自分が責任編集をしている雑誌に自分が推薦するのではどうも具合が悪い。 そこで乱歩が大下宇陀児に提灯もちを依頼し、九月末発行の十一月号でデビューさせることになった」「大下が推賞したのは事実であるとしても、大下が『発掘』したというのは宣伝用の惹句で、矢野が書き残している通り、乱歩から依頼された大下の『提灯もち』が、いつのまにか大下の『発掘』という定説になってしまった」と述べている。 その根拠として当事者だった矢野の証言の他、肝心の大下本人の推賞文が短い一文しか存在しないこと、それに比して乱歩が『宝石』の『セキストラ』末尾に記したルーブリックは約800字と長く、作品の具体的内容にまで言及して絶賛していることなどを挙げている。 星新一『きまぐれ遊歩道』pp. 90-92(新潮文庫、1996年)。 星は「高級住宅地なのだろうが、高級さをひけらかさないところがいい」「戦前の本郷の屋敷町にも、そういうムードのとこがあった」と述べている。 最相葉月『星新一 一〇〇一話をつくった人』上、新潮社〈新潮文庫〉、2010年、pp. 11-18。 『'60年代日本SFベスト集成』への星の収録作「解放の時代」の解説• 「ぼくのSFファン修業時代、星作品に関係することなど」• 星新一は『きまぐれエトセトラ』「いわんとすること」で、執筆、発表当時は公害という言葉も概念もなく、公害問題と結びつけられたことでショートショートとしての面白さが損なわれると嘆いている。 『ボッコちゃん』解説()• 最相葉月『星新一 一〇〇一話をつくった人(下)』新潮文庫 pp. 161-163• 2人とも父親は医薬系組織(製薬会社と病院)のトップ、母親は名家出身(小金井良精の孫と大病院の娘)で本人は東京(本郷と青山)育ち。 星新一「文句を言い忘れた『W3』の主人公名」『臨時増刊 手塚治虫の世界』、1989年。 2009年2月7日時点の [ ]よりアーカイブ。 2008年6月20日閲覧。 (『奇想天外』1978年2月号「新人賞選考座談会」より一部抜粋)• 『きまぐれ読書メモ』(有楽出版社)p. 178• 武田康廣『のーてんき通信 エヴァンゲリオンを創った男たち』ワニブックス、2002年、pp. 120-121。 『きまぐれ遊歩道』(新潮文庫)pp. 111-112他• 外祖父・小金井良精とその義兄・森鴎外については有名だが、父・星一も留学経験こそないものの、訪日の援助をしたり、ベルリン工科大学名誉教授の称号を贈られるほどの親独家として名高い。 星新一『きまぐれ遊歩道』p. 76(新潮文庫、1990年)• 北杜夫『怪人とマンボウ』p. 118(講談社、1977年)• 北杜夫『怪人とマンボウ』p. 119(講談社、1977年)• 佐々木清隆『さよならバーバリー 2』(1998年)• 5年以内にショートショートの公募に匿名で応募して入賞することを目指すとしている。 2016年1月29日閲覧。 日本SF作家クラブ. 2014年12月29日閲覧。 下訳は当時早川書房の編集者だった、、らが担当している。 星による訳者あとがき(2005年の再版では割愛されている)では、単に 協力者として3人への謝辞が書かれているが、下訳の事実について福島らの元同僚・がエッセイの中で言及している。 最相葉月『星新一(下)』(新潮文庫)p. 267 関連項目 [ ]• - 異母兄• - の推理小説で、執筆当時の推理文壇関係者が多少名前を変えて登場しており、星も星野新一として登場。 また登場人物のひとりが酒豪のため、男にもかかわらず「ボッコちゃん」と呼ばれている。 外部リンク [ ]•

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何から読むべき?星新一さんのおすすめ名作10選【ショートショート】

星 新 一 ボッコ ちゃん

TMTボッコちゃんが星新一の独創的なアイデアをご覧になることをお待ちしております! SF劇は、さまざまな年齢層の観客にとって珍しいおもてなしです。 革新的な物語の未来的な経験と無限の機会を組み合わせ、優れた情熱的な作品がこれらの物語を可能にします。 TMTボッコちゃんで、短編小説で有名な星新一の傑作を称える、一生に一度の体験をお楽しみください。 韓国国立劇場公社(NTC)によって制作された、日韓制作の卓越した協力をご目にあたってください。 舞台に登場した日本のSFマスターの「ショートショートパンツ」のコレクションから1つのストーリーをご覧ください。 TMTボッコちゃんは、劇作家と監督であるジュン・インチョルの芸術的専門知識を誇らしげに披露します。 彼の業界での成功により、星新一の1963年の短編小説 『ボッコちゃん』の演劇翻訳は、その栄光に他ならないことは間違いありません。 ジュン・インチョルはボッコちゃんを巧みに奇妙で面白いスタイルのユニークな舞台劇に変身させました。 彼はまた、きっとあなたを夢中にさせる完璧なディレクションとプロダクションの扱いの背後にいる人物でもあります! 星新一のボッコちゃんが日本の空想科学小説の現在及び長期にわたる翻訳の波に道を開いた理由を見つけましょう。 ボッコちゃん:信頼できないBガールの物語 ボッコちゃんは、星新一が最初に出版した作品の1つで、SFの執筆の巨匠としての地位を固めています。 彼は長さが3ページまたは4ページ以下のカラフルなフラッシュフィクションストーリーで有名です。 星新一が言ったように、ボッコちゃんは信頼できないBガールの物語です。 これは、これまでに発表された日本の最初のSFストーリーと見なされており、その簡潔だが寓話的なメッセージのために、現代のフラッシュフィクションに匹敵します。 この物語は女性の形のロボットを作り、彼女の魅力で彼の常連客が惹かれる創造的なバーテンダーから始まります。 彼女は会話能力に欠けていたが、町の男はバーテンダーのカウンターの後ろにある無意識のロボット少女、ボッコちゃんを次第に好きになるようになりました。 常連客が彼女に飲み物を買ってあげ、その後飲み物は排出されて再び提供されたたび、この魅力的なロボット少女はバーテンダーに利益をもたらします。 しかし、ボッコちゃんの魅力は、殺人を考えるほどに若い男性の心を砕きます。 TMTボッコちゃんと考え! SFを直接ご体験を! 才能あるジュン・インチョルと情熱的なプロダクションクルーの力を合わせて、ボッコちゃんが生き返る様子をご覧ください。 今すぐTMTボッコちゃんで入場券を予約して、信頼できないBガールの世界に運ばれる準備をどうぞ。

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