うつろいたる菊 現代語訳。 『蜻蛉日記』「うつろひたる菊」の現代語訳と重要な品詞の解説3

徒然草『神無月のころ』現代語訳

うつろいたる菊 現代語訳

こんにちは川です。 勉強のため日本語訳をしてみます。 訳は間違っているところがあるかもしれないので何かあったらコメントください。 原文 心のどかに暮らす日、はかなきこと言ひ言ひの果てに、 我も人もあしう言ひなりて、うち怨じて出づるになりぬ。 端の方に歩み出でて、をさなき人を呼び出でて、 「我は今は来じとす。 」など言ひ置きて、出でにけるすなはち、 はひ入りて、おどろおどろしう泣く。 「こはなぞ、こはなぞ。 」と言へど、いらへもせで、 論なう、さやうにぞあらむと、おしはからるれど、 人の聞かむもうたてものぐるほしければ、問ひさして、とかうこしらへてあるに、 五、六日ばかりになりぬるに、音もせず。 例ならぬほどになりぬれば、あなものぐるほし、 たはぶれごととこそ我は思ひしか、はかなき仲なれば、 かくてやむやうもありなむかしと思へば、 心細うてながむるほどに、出でし日使ひし泔坏の水は、 さながらありけり。 上に塵ゐてあり。 かくまでと、あさましう、 絶えぬるか影だにあらば問ふべきをかたみの水はゐにけり などと思ひし日しも、見えたり。 例のごとにてやみにけり。 かやうに胸つぶらはしき折のみあるが、 よに心ゆるびなきなむ、わびしかりける。 現代語訳 心のどかに暮らす日、ほんの些細なことを言い合った末に、 私()もあなた(兼家)も相手を悪く言うようになり、 あなたは恨み言を言って、出ていってしまった。 あなたは端(出口や縁側)の方に出ていき、道綱を呼び出して 「私はもうここには来ません。 」 と言い残し、出ていくとすぐに、道綱が部屋に入って、 大げさに泣き出しました。 「これはどうしたの。 」 と声をかけましたが、返事をしないで泣いているので、 どうせ、そういうことだろうと察しはつきましたが、 侍女に聞かれるのもいやで馬鹿げているので、 尋ねるのをやめて、あれこれと機嫌をとっているうちに、 五、六日ほどたちましたが、何の音沙汰もありません。 いつもとは違うようになったので、 「まあ、なんてひどい。 冗談だと私は思っていたのに。 ちょっとした関係だったから、このまま終わるかもしれない」と思い、 心細く物思いにふけていると、 (あの人が)出ていった日に使った泔坏の水がそのまま残っていました。 水面にはホコリが浮いていました。 こんなになるまでと、あきれて、 あなたとの関係は終わってしまった 影でもあれば 問うことも出来たのに 残っていた水にはがあってあなたの姿は映っていません そのようなことを思っていたその日にちょうど、あなたは現れました。 いつものようにうやむやになってしまってしまいました。 このように胸がヒヤヒヤするようなことばかりあり、全く気が休まることがなく、 それがせつないです。 泔坏・・・洗髪や調髪のため、米のとぎ汁や白水を入れる容器 上記の詳しい説明はこちらから こんな感じで訳しましたがどうですか? nakanaka1826.

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蜻蛉日記 うつろひたる菊の現代語訳を教えてください正月ばかりに~から...

うつろいたる菊 現代語訳

この世をば我が世とぞ思ふ望月のかけたることのなきと思えば この歌で知られる我が世を謳歌した人物が 藤原道長。 藤原道長の父親が兼家です。 で、まだ息子たちが一角の身分を持たない頃、親戚筋の藤原公任とわが息子たちを比較して嘆いている場面があります。 この後、藤原道長は押しも押される権力者となっていくのですが、その礎を築いたのが父親である兼家だと言えます。 このあたりの人物関係は、知れば知るほどおもしろいところですが、ここでは兼家の妻のひとり藤原道綱母と兼家との関係に話を戻します。 平安時代の結婚制度 当時の結婚形態は、一夫多妻制で、妻の家に夫が通う通い婚。 しかも、通ってくる時間はほとんどが夜。 夫が来てくれなくなると、恋が冷めてしまったのかと不安になるのが妻。 夫が頻繁に通ってくれれば、夫の愛は深いことになり、まったく来てくれなくなれば、夫は妻に飽きて見捨ててしまった、ということになります。 夫をつなぎとめるために、自分の器量を磨いて自身の魅力を高めなければなりません。 そのうちの重要なものが歌。 歌が上手でなければなりませんでした。 また、藤原道綱母は、絶世の美女だったともいわれています。 その美貌と歌のやり取りの機転で、兼家の心を射止めた彼女ですが、兼家の足が遠のくごとに、そのことを嘆く歌をたくさん詠み『蜻蛉日記』という日記にしたためています。 スポンサーリンク 藤原道綱母の立場 ところで、兼家の浮気を嘆く歌をたくさん詠んでいる彼女ですが、藤原道綱母は兼家にとって、どのような立ち位置にあったのでしょうか。 兼家には本妻として、 時姫という妻がいました。 時姫は、藤原道綱母よりも実家の格式が上でした。 当時は、実家の権力がそのまま妻の地位に反映します。 また、そうでなければ争いの種にもなってしまいます。 『源氏物語』の冒頭、光源氏の母桐壷の女御が、帝からたいへんな寵愛を受けながらも周囲のいじめにあって衰弱して死んでしまったのは、桐壷女御の実家の地位が十分ではなかったためです。 帝は、お仕事として実家の地位の高い順に妻を寵愛しなければならないというのが、当時の常識でした。 それに逆らって、実家の地位の低い妻に、強く心を通わし寵愛してしまうと、政治的なバランスが成り立たず、みな不幸になってしまうのです。 藤原道綱母の場合も、実家の権力から考えると時姫にはかないません。 ですから、彼女も時姫には一目置いていたはずです。 けれども、日記の中では、まるで自分が兼家にとって一番! 兼家が他の女のところに行くなんで許せない! といったていで書かれています。 藤原道綱母は、絶世の美女と自他ともに認めているばかりか、歌の教養や機転にも自信があり、たいへんプライドの高い女性だったようです。 そのエピソードのひとつが 「うつろいゆく菊」のくだり。 次は、藤原道綱母と兼家がラブラブだった頃の歌のやり取りや、 兼家からの愛情が終わってしまったこと・・・。 道綱母が「遠くに引っ越してしまわなくてはならなくなったわ。 あなたが来てくださるには遠すぎるわね。 」 と兼家に伝えると、非情にも 「ほんとだね。 そんなに遠くてはもう会いにもゆけないね。 」 という返事が来て、ふたりの仲は終わりになってしまったことなど・・・。

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蜻蛉日記 「うつろひたる菊」解説

うつろいたる菊 現代語訳

二 (二) 菊花の約 現代語訳• 青々とした春の柳を• 家の庭に植えてはならない• 交友は軽薄な人と結んではならない• 楊柳は茂りやすくても• 秋の初風の勢いに耐えられない• 軽薄な人は交わりやすいが去り行くもすみやかである• 楊柳は春ごとに葉を染めるが• 軽薄な人は途絶えれば訪れる日はない• 播磨国加古の宿に、丈部左門という学者がいた• 清貧を憩い• 友とする書の他には• 調度品を煩わしく置くことを嫌った• 老いた母がおり、孟子の母にも劣らず• 紡ぎの仕事をして左門の志学を支えていた• 末の妹は同じ里の作用氏に嫁いでいた• 作用の家は大層裕福で• 丈部母子の賢さを慕い• 娘を娶って親戚となり• しばしば事に寄せては何か贈ろうとするが• 糊口をしのぐために人を煩わせるわけにはいかないと、決して受け取らなかった• ある日左門が同じ里の人のもとを訪れ• 今昔の話などで盛り上がっていると• 壁を隔てて人の苦しむ声が痛々しげに聞こえてきたので• 主に尋ねると• ここから西の人らしく• 連れに遅れたと一宿求めてきたのですが• 武士らしい風体で卑しからぬように見受けられたので• 泊めて差し上げたところ• その夜からたちの悪い熱を出し• 寝起きもままならず• 気の毒に思い三・四日過ごさせてみたものの• どこの人かも定かでなく• 私も思いがけぬ過ちをしたと• 戸惑っているところですと言った• 左門がそれを聞き• 悲しい話です• ご主人も心穏やかではないでしょうが• 病に苦しむ人は標ない旅の空で• こうして病に苦しみ• さぞつらい思いをしておられるでしょう• 具合を見させていただけませんかと言うと• 流行り病は人を死に至らしめると聞きますゆえ• 家の者らもそこへは行かせぬようにしているのです• 近寄ってうつされませんように• 左門は笑い• 死生は天命です• 何の病がうつるのというでしょう• そのようなものは無知な者の言葉で、私は意に介しません、と• 戸を押して入り、その人を見れば• 主の言葉どおり• 尋常な様子ではなく• 重い病と見えて、顔は黄色く• 肌は黒ずんで痩せ• 古びた布団の上で悶え臥していた• その人は人恋しげに左門を見て• 湯を一杯お恵みください、と言った• 左門は近くに寄り• お武家様、ご心配なさいますな• 必ずやお助け致します、と• 主と相談し、薬を選び• 自ら処方し• 自ら煮て与えつつ• なお粥を勧めて• 兄弟のごとく看病し• 捨て置けぬ様子であった• その武士は左門の真心に満ちた介抱に涙を流して• これほどまでに漂泊の者をいたわってくださったこと• 死んでも御心にお報い致す、と言った• 左門は諫め• そんな弱気を仰いますな• およそ疫病は数日続くものですが• それを過ぎれば死ぬようなことはありません• 私も毎日看病に参ります、と• まめやかに約束し• 真心を込めて看病するうち• 病が引けて快方に向かったので• 主にもねんごろに礼を述べ• 左門の控えめな徳を尊び• 彼のことを尋ねると• 己の身の上を語った• 出雲国松江郷に生まれ育った• 赤穴宗右衛門と申します• 少々兵法を学んでいたことから• 富田の城主・塩冶掃部介殿が• 私を師として学んでおられましたが• 近江の佐々木氏綱殿へ密使として選ばれ• その館に滞在していた折• 前の城主・尼子経久が• 山中党と謀って• 大晦日に夜襲をかけて城を乗っ取り• 掃部介殿も討ち死にされたのです• もとより雲州は佐々木の治国• 塩冶は守護代なので• 三沢・三刀屋を助けて• 経久を滅ぼしてください、勧めたのですが• 氏綱は見た目は勇ましくとも気の小さい愚将であったため、討ち果たすどころか• 私を近江に引き留め置いたのです• 理由のない所に長居は無用と• 己の身一つを盗んで国へ帰る途上• こうして病にかかり• 思いがけずもあなた方の手を煩わせてしまうことになりました• 身に余る御恩• 我が半生の命をもって必ずお報い致します• 左門は• 人が困っているのを見るに見かねるのは人たるものの心ですから• そのような言葉をいただくまでもありません• 今しばらくはここで養生してください、と• 誠実な言葉に甘えて数日を送れば• 具合は普段と変わらぬほどにまで回復した• この日から左門はよい友ができた、と• 日夜会いに行っては語り合えば• 赤穴も諸子百家などをぽつぽつ語り出し• 問うもわきまえるも賢く• 兵法の理論にも長けるように思え• ひとつとして互いの心にすれ違いもなく• 共に感じ、共に喜び• ついには義兄弟の契りを交わした• 赤穴は五つ年長であったため• 兄としての礼儀を受け入れ• 左門に向かって言った• 私は両親と離れて久しい• そなたの母君は我が母でもあるから• 一度お目にかかりたい• 母君は憐れみ、我が幼稚な心をお受け止めくださるだろうか• 左門は喜びに堪えず• 母はいつも私の孤独を憂えております• 兄上の心からの言葉を告げたならば寿命も延びることでしょう、と• 共に家へ戻った• 老母は喜び迎えて• 息子は才能がなく、学ぶとも時節に合わず• 出世の時機も逃すばかりです• どうぞお見捨てにならず兄たる教えをお授けください• 赤穴は謹んで• 志ある男子は義を重んじるものです• 名高く富貴な者は言うに及びません• 私はいま母君の慈愛を授かり• 弟より敬意を受けました• これ以上何の望みがありましょう、と喜び嬉々として• また数日滞在した• 昨日今日咲いていた尾上の桜も散り果てて• 涼しい風に寄る波に• 問わずとも知れる初夏となった• 赤穴は母子に向かって言った• 私が近江を逃れて来たのも• 雲州の動静を見るためなので• 一度は戻り• 再び参ります• 豆と水ばかりの貧しい食事の奴となっても御恩をお返しします• ひと時の別離のお許しください、と言う• 左門は言う• それでは兄上はいつお帰りになりますか• 赤穴は言う• 月日の経つのは早い• 遅くとも秋は過ぎまい• 左門は言う• 秋はいつの日と定めて待てばよいですか• できればお約束ください• 赤穴は言う• では九月九日・菊の節句に戻ってくる• 左門は言う• 兄上、この日を決してお忘れにならないでください• 一枝の菊花と薄酒を用意してお待ちしております、と• 互いに心を交わすと赤穴は西へと帰って行った• あらたまの月日は早く行き過ぎて• 下枝のぐみも色づき• 垣根の野良の菊も艶やかな• 九月になった• 九日はいつもより早く起き出し• あばら家の座敷を掃い• 黄菊・白菊を二枝・三枝小瓶に挿し• 財布を逆さまにして酒や飯の支度をした• 老母は言う• その八雲立つ国は山陰の果てで• ここ加古川から百里も離れていると聞く• 今日来るとも限らぬから• 見えてから用意しても遅くないのではないかえ• 左門は言う• 赤穴は誠実な武士ですから、約束を誤ることはありません• その人を見てからやはり正しかったと思うのは恥ずかしい限りです、と• 美酒を買い、鮮魚を煮て台所に用意した• この日空は晴れ、千里にわたってひとひらの雲もなく• 草枕、旅行く人の群々が語りつつ• 今日は誰それの京入りにはよい日だ• 今度の商が儲かる兆しだろう、などと語りながら通り過ぎていく• 五十歳ほどの武士が、二十歳ほどの同じ姿の者に• 日和はこんなによいが• 明石から船に乗っていたら• 今頃は牛窓の港へ運ばれていたかもしれんな• 若い男は却って怖じ• まったく痛い出費となったものです、と言うので• 殿が京へ上られ• 小豆島から室津へ渡られた折• 酷い目に遭われたと• 従者が語っていたことを考えれば• この辺の船渡りは怖いのも当然だ• まあそう怒るな• 魚橋の宿の蕎麦をおごるから• と言い慰めつつ通り過ぎた• 馬子の男も腹立たしげに• この死に損ないの馬め、目も開けぬか、と• 荷鞍を整え直して追って行った• 午後やや過ぎても• 待つ人は来ず• 西に沈む日に• 宿へ急ぐ人々の足が速まるのを見ているうちに• 沖の方ばかり見て酔い心地になった• 老母は左門を呼び• 人の心は秋の空でなくとも• 菊が色濃いのは今日だけではありません• 帰り来る誠実さがあれば• 空が時雨てきたとしてもなにを恨むべきものですか• 家へ帰り眠って• また明日待つことにしましょう、と言うので拒み難く• 母をなだめて先に寝かせた後• もしやと思って戸の外に出てみれば• 銀河の影も消え消えに• 冷たい月は我独りを寂しく照らし• 軒の番犬の吠える声が響き渡り• 波の音もここまで聞こえてくるほどであった• 月の光も山際に落ちかけてきたので• もう来るまいと戸を閉めて家へ入ろうとすると• ただ見る• ぼんやりとした黒い影の中に人の姿があり• 風に誘われるようにやって来るのを怪しげに見れば• 赤穴宗右衛門であった• 踊りあがる心地で• 左門は、早くから待っていたら今になりました• 約束を違わず来てくださったことを嬉しく思います• さあ、お入りください、と言ったが• ただ頷くだけで何も言わない• 左門が進み出て• 南の窓の下に迎えて座を勧め• 兄上のお戻りが遅かったので• 母も待ちわびて• 明日こそと床に就いてしまいました• 起こしてまいります、と言うのを• 赤穴は頭を揺らして制しつつも• 相変わらず何も言わない• 左門は言う• 夜まで通しで来られては• 心身ともにお疲れでしょう• よろしかったら酒でも一杯飲んでお休みくださいと• 酒を温め• 肴を並べて勧めると• 赤穴は袖で顔を覆い• その匂いを嫌がるような素振りをした• 左門は言う• もてなす術は足りませんが• 私の気持ちです• どうか気分を害さないでください• 赤穴はなお答えもせず• 長息を吐きつつ• しばらくして言った• 我が弟の真心こめたもてなしをなぜ拒む理由があろうか• 欺く言葉さえない• 真実を話そう• 決して怪しまないでくれ• 実は、もうこの世の者ではない• 不浄の霊魂となり、仮の姿を現しているのだ• 左門はひどく驚き• 兄上、何ゆえそのような妙なことを言い出されるのですか• 夢とも思えません• 赤穴は• おぬしと別れてから国へ下ったが• 国の者たちのほとんどが尼子経久の力に服し• 塩冶殿の恩を顧みる者はなかった• 従弟の赤穴丹治が• 富田城にいるので訪ねれば• 利害を説いて私を経久に会わせた• その言葉を受け入れ• 経久の一挙手一投足を見てみると• 武勇は人に勝れ• 兵卒の訓練も行き届いているようではあったが• 知恵ある者にしては猜疑心が強く• 腹心の家臣もいない• 長く居て益なしと判断し• お主との菊花の約束がある由を語り去ろうとすると• 経久は怨む気色を見せ• 丹治に命じて• 私を城外へ出すことを禁じたために• そのうちに今日という日が来てしまったのだ• この約束を違えるものならば• お主は私をどう思うだろうと• ただそれのみを考えていたが、逃れる術はどこにもなかった• いにしえの人の言った• 人は一日に千里を行くことはできないが• 魂は一日に千里を行くことができると• そのことわざを思い出し• 自ら刃で命を奪い• 今宵陰風に乗ってはるばる菊花の約束に赴いたのだ• この心を分かってくれ、と言い終えてぼろぼろ涙をこぼしているようだった• これにて永遠の別れだ• 母上をくれぐれも大切にせよ、と• 座を立ったかと思うや否や消えて見えなくなった• 左門は慌てて止めようとしたが• 陰風に目が眩み行方を見失い• うつ伏せにつまずき倒れたまま• 大声をあげて泣いた• 老母はそれで目を覚まし• 左門のいるところを見れば• 座敷に酒瓶や魚を盛った皿などがたくさん並んだ中に倒れているので• 急いで抱き起こし• どうしたのですか、と尋ねても• ただ声を呑んで泣くばかりで言葉にならない• 老母は尋ねた• 赤穴殿が約束を違えたことを怨んでは• 明日もし戻られたときにかける言葉がありませんよ• おまえはそれほど愚かで幼稚なのですか、と強く諫めると• 左門はようやく口を開き• 兄上は今夜菊花の約束を守って訪ねてこられたのです• 酒肴をもって迎えても• 再三辞退され• これこれの理由で約束に背くことになから• 自刃して果て、霊魂となって百里をやって来た、と言って見えなくなってしまったのです• それゆえ母上を起こしてしまうことになりました• お許しください、とさめざめと泣きながら答えた• 老母は• 牢獄につながれた人は許されることを夢見• 渇いた者は水飲むことを夢見るといいます• おまえのもその類でありましょう• 心を落ち着けなさい、と言ったが• 左門は首を振り• 本当に夢などではないのです• 兄上はここにいらしたのです、と• また声を放って泣き倒れた• 老母も今度は疑わず• 共に声をあげてその夜は泣き明かした• 明くる日左門は母に向かってかしこまり• 私は幼い頃より身を学問に寄せては参りましたが• 国に忠義を立てた評価もなければ• 家に孝行を尽したこともなく• ただいたずらにこの世に生きているのみです• 兄・赤穴は一生を信義のために終えました• 私は弟として今日より出雲へ下り• せめて骨を納めて信義を全うしたいと思います• 母上、お体を大切に• しばし私にお暇をください• 老母は言う• 我が子よ、どこへ行こうとも早く戻って老いた我が心を休ませておくれ• 長く留まり今日を今生の別れとはしないでおくれ• 左門は言う• 命とはうたかたのごとく• 朝に夕べに、いつ果てるとも知れません• 必ずや戻ってまいります、と涙を拭って家を出た• そして作用の家へ行き、老いた母の世話をねんごろに頼むと• 出雲国へ向かう途中は• 飢えても食を忘れ• 寒さにも衣を忘れ、まどろめば• 夢にも泣き明かしつつ• 十日の後に富田の城へと到着した• まず赤穴丹治の家へ行き、名を名乗って入ると• 丹治が出迎え• 翼あるものが告げたわけでもないのに• どうしてご存知なのか不思議です、としきりに尋ねた• 左門は言う• 武士たる者は富貴盛衰を論ずるべきにあらず• ただ信義を重んじるのみ• 我が兄・宗右衛門はひとつの約束を重んじ• 霊魂となって百里を飛んで訪ね来たことに報いるため• 昼夜をかけて私はここへ下って参った• 私が学ぶことについてあなたにお訪ねしたいことがある• 明確にお答えいただきたい• 昔、魏の宰相・叔座が病床に臥していた折• 魏王自ら見舞いに訪れて手をとりつつ告げたことには• もしそなたに死が迫ったならば• 誰に国を守らせたらよいのか• 我がために教えを残せ、と尋ねると• 叔座は• 商鞅は若いといえども素晴らしい才能があります• 君がもしこの人物を採用しないのならば• 殺してでも国から出してはなりません• 他の国に行かせては後の禍となるでしょうと• 教えた後• 商鞅を密かに招いて• 私はそなたを我が亡き後の宰相に推挙したが、王はお許しにならない気色がある• そこで、用いないのならそなたを殺害するように、と教えた• 主君を優先し家臣は後回しにする• そなたは速やかに他の国へ逃れ、その害を免れよ、と言った• これをあなたと宗右衛門に譬えたら、どうお思いか、と訊けば• 丹治は• 頭を垂れて黙っていた• 左門は座を進み• 我が兄・宗右衛門が塩冶殿との旧交を重んじて• 尼子に仕えなかった、これぞ義士• あなたは旧主の塩冶を捨て• 尼子に下った、そこに武士の信義はない• 我が兄は菊花の約束を重んじ• 命を捨てて百里を来たのは信義の極み• あなたがこの度、尼子に媚びて血を分けた人を苦しめ• 非業の死を遂げさせるとは友たる信義もない• 経久が引き止めようとも• 長い交わりを思えば• 密かに叔座と商鞅のような信義を尽すべきなのに• ただ栄利のみに走り武士の気風もないのは• まったく尼子の家風そのものだ• 我が兄がどうしてそのような国に留まっていようか• 私は信義を重んじわざわざここへ来た• そなたは不義のために再び汚名を残せ、と• 言いも終わらぬうちに抜刀し斬りつけると• 一刀のもとにその場に倒れた• 城中の者どもが騒いでいる間に左門は逃げ去り影も形もなかった• 尼子経久はこの話を伝え聞いて• 兄弟信義の篤さに同情し• 左門の後を強いて追わせることはなかった• ああ、軽薄の者とは交わりを結ぶべきではない、と• 公開日 平成二十四年一月八日 更新日 平成二十四年三月八日.

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