兄の恋人。 学校一の美女だろうが私のお兄ちゃんを振るとはいい度胸じゃない~義妹とはあくまで偽物の恋人であって本物ではないはずなのだが、妙に色々とリアルなのはなぜ~(光影)

手帳に恋人の写真 徳島白菊特攻隊員 戦死から半世紀後、妹が思い届ける |徳島ニュース|徳島新聞

兄の恋人

3 0 さや 義理兄妹の話って感情や心情の描写が多く書かれてたりして、山あり谷ありを2人で乗り越えるのが多いですが、この作品はあっさり進んでいてリアルに感じました。 親があっさりしていると言うレビューを読みましたが、義理やし、社会人で大人やから、あっさりなんじゃないかな?だって家を譲って海外暮らしを始めるんやから、それぐらい手から離れた子供達の事やし。 これが学生で1つ屋根の下、一緒に住んでる時やったら、自分を責めて発狂すると思うwwだから最後の2人が同居した時、覚悟してたと親の言葉は本間にリアルやなぁ〜って思った。 が、リアリティ=面白いでは無い。 最低限の描写で可もなく不可もなくって感じ。 親の再婚で義理の兄妹になった二人の、恋愛と家族愛の間で揺れ動く心の機微を、中々現実的に描いています。 読み手の好き嫌いがかなり分かれそうな話ですね。 私はもしかしたら少数派なのかもしれませんが、好きにすれば良いじゃない?派です。 そもそも、近所の人達も元同級生も、下世話に好き勝手な事を言い過ぎ、出歯亀かと。 他人の人生にさも常識人面で批評を加えるという意味では、元彼でもある幼馴染が最たるものでしょう。 どうして彼はあんなに上から目線なのか? 義兄に対しての不利を自覚した上で、逆転を狙っての一種の虚勢だとは思いますが、私がヒロインなら、もし義兄と破局しても、あの男の所にだけは行きませんね。 とは言え、あれが世間一般の当面の現実かも知れないとは思います。 ただし、長い人生の決定権を、他人の噂話に委ねるのは本当に無駄なので、この結末には納得でした。 また、ヒロインが積極的と見せて、実は義兄の方が切羽詰まっていたという二人のパワーバランスが面白いとも思いました。 幼馴染でガス抜きをする余裕があったヒロインに比べると、堪え切れず義妹に手を出した兄貴は青かったなあ(笑)。 いつもは男性キャラに掴みどころがなく、あまりピンと来ない作家さんなのですが、これは最後まで楽しめました。 でもやはり絵は好みじゃないので、星は満点には至らず。 現実的な大人の心理描写と、絶妙なコミカルさと、上手とはまた違うのですが不思議と惹かれてしまう 先生ごめんなさい エロ描写が魅力だと思うのですが、この作品だけは…設定が設定だけに後味悪いというか。 はるこ作品の男性は独特でくせ者で肉食でみんな好きなんですがこのお兄さまは好きになれなかった。。 幼馴染のカレのほうが断然魅力的でした。 そもそも初めて過ちをおかしたときの振り返り描写が分かりづらかったです。 いつものコミカルさが足りてなかったのかな。。 『先生はいいなり玩具』でも思ったのですがドロドロ設定や、明るくないヒロインだと、はるこ作品の魅力が わたしにとっては 半減してしまう気がしました。 2018-05-03 1498727 1 1 lpkF-a-v2 9iFc-TAMA-v2 5 0 まみぃ 好き同志が 結婚して、その子供たちが お互いに 惹かれるのって、自然な気がするんですよね。 だけど、そこは 倫理的に NGだとか、よく わからないです。 いとことの結婚は良くって、他人なのに 親同士の再婚で、自分たちの気持ちをあきらめなきゃいけないのって おかしくないですか。 まぁ、そこは 難しく、法律とかも関わってくるのだろうし、ここでは ここで 止めておきます。 本題! 話しの流れは とても 現実的で 良かったです。 色んな人の色んな見解が入ってて、そこが とても 作品を現実的にしてると思います。 そして、兄妹の たまに クスっと笑ってしまうようなシーンは 作者さんのウイットな思考が入ってて 作品を重たくするのを止めています。 個人的には、兄の同僚やお母さん派です。 これから、好きで何が悪い!!貫き通して欲しいです。 人気のシリーズ物も素晴らしいですが、この作品、私は人気作以上に好きでした。 珍しくタイトルや表紙の絵が落ち着いているので(売るための性的な煽りが入っていない)、しっとり読めます。 なぜそもそも義兄妹がここまで惹かれあったのか、歳月を経てなぜ再度結ばれたのか、その背景と心理が描かれ切っていないので、腑に落ちないという意見があるのは当然。 でも、あえてそこをバッサリ切って、「今」だけを描いているのが逆に潔いと思いました。 「昔」をダラダラ、くどくどと描いても、言い訳がましくなるのではないでしょうか。 もちろん、スピンオフでそこを描いてもらえるとまた面白いでしょうが。 そして、この作家さんはやっぱり凄いなぁ…と感じたのが、幼馴染の男の子に言わせた、辛辣な指摘とアドバイス。 それなりに経験を積み重ね、大人としての立場や思いもありつつ、それでも揺れ動く兄妹に対する彼の指摘は、実に常識的で的を射ている。 彼の言葉が、この作品を単なる恋情に突っ走った義兄妹のハッピーエンド物語ではなく、「この先の人生を考えたらマイナス多いし前途多難、それでも受け止めて進むしかない」という、「幸福60パーセント」くらいの落とし所へ持って行ってくれました。 それにしても、作家さんとしては描くのが難しいであろう、Hシーンに散りばめられたリアルなエピソードの数々にキュンとしますね。 コンビニから洗面所までの流れなんかは、どこから着想を得ているのかな。 とてもリアルで微笑ましかった。 2016-01-07 99684 1 1 Cq4-a-v2 08Ez-cam-v2 3 11 あれすけ。 作家買いです。 かなり好き嫌いが分かれる作品だと思いますが、実の兄妹ではないので、個人的にはギリセーフ設定。 葛藤を抑え込んできた兄が、一気に情熱をたたきつけるあたりなんぞは、待ってましたのはるこ節全開。 ライバルな幼なじみ君も中々のイイ男っぷりです。 が、これだけの男性2人に愛されている妹が、イマイチ魅力的に見えないのが残念かなぁ。 それに、兄と妹がどうやって惹かれあっていったのかの過程を描いてくれたら、結末にも、もう少し納得できたかも…。

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私には兄が一人います。 両親との不仲が原因で実家を出て、現在兄と二人で暮らしています。 生活費は毎月平等に出し合っています。 兄には恋人がおり 以下恋人と呼びます 、二人で暮らす家に引越してから間もなく紹介されましたが 実家には呼べる状態じゃなかったのでその時初めてお会いしました。 その日初めてお会いする歳上の女性…しかも兄の恋人という事で「品のない妹だと思われたくない」「妹として失礼のないように」という気持ちで接しました。 ですがその日、恋人が帰った直後に兄に「気持ち悪い」と言われました。 結婚するかもしれない人、家族になるかもしれない人に対して何故そんなに他人行儀なのかわからない、私の態度が気持ち悪いというのが兄の言い分ですが、私からしてみればその日お会いしたばかりの他人なのです。 そこから少しずつ仲良くなっていけたら…と考えていたのですが私は元々人見知りなのでどう接したらいいかわからなくなりました。 その後も恋人が家に来た際二人にしてあげようと居間から自室に行ったところ、「自分 恋人 がいるから妹 私 が居間に居られない」と恋人が気を遣うからもっと考えて行動しろと言われ、かと思いきや別の日には携帯に兄から「二人きりになりたい」とこっそり連絡が来たりしました。 その時も自室には行きました また、私が休みの日に家に居たら兄の帰宅より先に恋人が家に来て晩御飯を作ると言ったので、私も手伝おうと二人で作りました。 その時は少しぎこちないながらも普通に談笑しながらでしたし、兄が帰宅してから三人で一緒に食べました。 私だけで料理をしなかったのは、兄の恋人はとても料理が上手なので私が出しゃばるより手伝いに回ったほうがいいと考えたためです。 また、兄も恋人の手料理は食べたいだろうとも考えたためです 食後、私は自室でゲームでもしようと居間を出たところ、後日「兄が帰ってくるまで気をつかって一緒にいてくれていただけだと恋人が思うからもっと考えて行動しろ」と言われました。 何をしても後日怒られ、恋人が居ても家で気を遣わず自然体でゆっくりしたいだけなのに、それが相手に気を遣わせる事になる… 兄に反論しても「お前が気を遣わないと恋人に気を遣わせるけど、それでいいのか」という言葉に何も言えず。 そうならないために、気を遣わなくていいように他人行儀をやめろと兄は言うのですが、それができるならやっています。 他人行儀は許されず、家で気を抜く事も許されず、常に兄の恋人に対する私の態度を見張られているような気がしてしまい、兄の恋人は嫌いじゃないですが徐々に関わりたくなくなってしまいました。 それでも兄の恋人は私と仲良くなろうと一生懸命話しかけてくれたり、時にはプレゼントをくれたりと努力してくれましたが、どう接すれば正解なのかわからない上に疲弊した私は積極的に仲良くなろうと思えず、しまいには「妹 私 が気を遣うから恋人が家に来づらいって言って来なくなった!」と、兄に怒られました。 一応頻度は減りましたが恋人は家に来ますし、顔を合わせたら挨拶もしますし話しかけられたら応じます。 でも家に居ながら気を遣わなければならない事がどうしても耐えられず、もう私の事は放っておいて欲しいのが本音なのですが恋人は変わらず私に気をつかっていると時々兄から怒られます。 なので、私は自然体で過ごしているので気をつかわないで下さいと恋人にお伝えしましたが変わりませんでした。 私は元々趣味がゲームや絵を描くこと等、一人でするものが多いので恋人が家に居ようと居なかろうと自室に居ることも苦ではありません。 むしろ一人の時間がとれないと疲れます 恋人が家にいない時は確かに居間にいる事も多いですが、居間のほうが部屋があたたかい、広い等その程度の理由でした。 それもお伝えしましたが駄目でした。 こうなってくると 私が気を遣うと他人行儀になる 怒られる 私が気を遣わないと恋人が私に気を遣う 怒られる だから私が兄も恋人も納得のいく行動・発言をしながら趣味に使いたい時間でも自室に行くべきか行かないべきかを正確に判断し、愛想良く、他人行儀にならず、完璧でいること以外に解決法がない気がします。 私の意思や気持ちを無視して無理をしてあわせることになるので演技になります。 そして多大なるストレスになります。 長くなりましたが… 私に悪い点があるのもわかっています。 ですが、仕事から帰ってきて疲れているのに家でも接客しろと言われているようで納得できません。 どんなに将来は家族になる人だと言われても、実際そうなっても私にとっては他人だと考えてしまうのはおかしいのでしょうか? 恋人とどう接するかはそもそも私の自由ではないのでしょうか? 私の方がおかしいのでしょうか? 相談した友人に兄にモラハラ気があると言われましたがそうなのでしょうか? そうなんです…恋人は本当にいい人なのですが、それでも私にとってはどこか他人なのです。 どんなに家族になるかもしれなくても、そうなっても、生まれた時から一緒にいた兄とは決定的に違うのです。 だから兄の目の前で過ごしている時と同じようにしろと要求されても、歳上の女性 しかも私と違って綺麗で可愛らしい の前で無防備になるなんてできません。 私としては家でデートやお泊まりは構わないのですが、二人で勝手にやってて欲しいしその間私が家でどう過ごすかという事にまで口を出してくるのはおかしいですよね… それが兄の言う他人行儀なのでしょうかね… いえ、同意して頂けて心強いです。 嬉しいです。 価値観の違いを押し付けられる苦しさが単なる私のワガママじゃないとわかって嬉しいです。 ありがとうございます。 十分気を使っていて、ちゃんとしていると思います。 主さんが悪いとか感じないですよ。 ケーキ屋の焼き菓子とかだと1枚から買えるし種類も豊富にありそうです。 恋人さんが来たら、15分は一緒にいるけど、それ以外は自室にいるからみたいな。 トラブル防止に紙に書いてコピーをこっちに持っておくといいと思いますよ。 なんか言われたら、どうしたらいいか分からないと切れていいと思いますよw 難しいですねー。

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太平洋戦争末期、徳島白菊特攻隊の隊員として沖縄特攻で戦死した能勢寬治少尉(享年21歳)の妹、菱田靖子さん(87)=東京都=が、徳島の有志でつくる「徳島白菊特攻隊を語り継ぐ会」に、兄の遺品を寄贈した。 白菊特攻隊の史実継承に役立ててもらおうと申し出た。 その遺品が、家族の元に届いたのは終戦前だった。 1945年3月の大阪大空襲で自宅を失い、一家は母の実家の兵庫県豊岡市城崎町に疎開していた。 父と大阪に残り、堺市の軍需工場で働いていた菱田さんはある日、家族に会いに城崎に向かった。 家に着くと、部屋に軍服が掛けてあった。 「兄が戻ったんだ」と姿を探したが見つからない。 「母と墓参りに行っているかも知れない」。 そう思って足を運んでみると、母がただ1人、墓石の前にうずくまって泣いていた。 「ああ、あれは兄の遺品なのだと分かった。 この時、既に兄は沖縄特攻で亡くなっていたんです」 7つ上の兄は家族思いの優しい人だった。 「遊びの中でも学ぶことはある」と美術館や映画にもよく連れて行ってくれた。 出征前の1943年暮れ、「ちょっと来てくれないか」と言われ、兄が通った関西大学のグラウンドに2人で出掛けた。 ベンチで夕焼け空を眺めながら「もう来年の桜も、妹が嫁ぐ姿も見ることができなくなった」と心中を打ち明けられた。 大学卒業後、司法試験を受けて弁護士になることを夢見ていたが、結局、それもかなわなかった。 徳島海軍航空基地に配属後、休暇の度に徳島市の新町橋近くの写真館から実家に電話を掛けてきた。 姉が「どんな飛行機なの?」と聞いたところ、兄は「ボロボロ」と一言つぶやいた。 そして絶望的な戦局の中、スピードが遅く米軍の格好の標的にされるような練習機「白菊」に乗って、鹿児島県の串良基地を飛び立った。 正式に兄の戦死公報が届いたのは戦後、家族が大阪に戻った10月だった。 その日まで、父は「もしかしたら生きているかもしれない」と、毎日のように旧厚生省に問い合わせ、元の家があった近くの駅に出掛けては帰りを待ち続けた。 しかし、兄が戻ってくるはずもない。 空襲で戦前のアルバムも焼けてしまい、城崎に届いた遺品が兄をしのぶよすがとなった。 その中にあった手帳には、1枚のモノクロ写真が挟まれていた。 写っているのは、穏やかに笑う1人の女性だった。 「彼女は兄の初めての恋人でした。 とても達筆な方で、出征前は3日おきに兄に手紙を届けてくれました」 兄の戦死を伝えようかと母に相談したが、「彼女にも新しい人生がある。 そのままにしておきなさい」と止められた。 その母も終戦翌年にがんで他界。 菱田さんは母親代わりになってまだ小さかった2人の弟の面倒を見て多忙な日々を過ごした。 結婚後は東京に移り住んだ。 「それでも、ずっと心のどこかに引っ掛かっていたんです」 兄の50回忌を迎えた1994年、菱田さんは、兄の戦友たちに尋ねてみた。 「もう初恋の人に連絡を取ってもいいだろうか?」。 戦友たちは「もし生きているなら会ってみなさい」と賛同してくれた。 菱田さんは彼女が戦前通っていた大阪の女学校を手掛かりに、卒業生らに居場所を尋ねて回った。 そして、見つけた。 後藤八重子さん(旧姓西尾)。 戦後は結婚して3人の娘をもうけ、夫が他界した後は奈良県で1人で暮らしていた。 菱田さんは50年間、彼女にどうしても伝えたいことがあった。 兄が特攻直前まで持っていた手帳の中に、彼女の写真を挟んでいたことだ。 ようやく会うことができた後藤さんは、兄の戦死を知らなかった。 そして遺品の手帳を開き、その場で泣き崩れた。 手帳には彼女が戦時中に働いていた工場の連絡先が書かれてあった。 「八重子さんは戦後も兄を忘れたことはなかったそうです。 『会えてよかった』と言ってくれ、私も安心できました」 以来、2人で兄らの慰霊碑が立つ高野山や靖国神社を訪れるなど、本当の姉妹のような付き合いを重ねた。 後藤さんは兄をしのんで歌も詠んだ。 「今も尚 串良の基地を訪ぬれば 命競いし蛍いるかや」 そんな後藤さんも3年前、89歳で亡くなった。 菱田さんは今回の遺品を寄贈するに当たり、伝えておきたい思いがある。 「遺品には戦死した兄の悲しみだけではなく、戦後もずっと兄を思い続けた人たちの気持ちが詰まっている。 それはどんなに時間がたっても、決して消えることはない。 戦争で人が亡くなるということは、そういうことです」。

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