金木犀の香りが薄れて。 金木犀。

夜永唄

金木犀の香りが薄れて

編集部前のキンモクセイ(16年9月27日撮影) ツイッターを見てみると、「今年初めて」「昨日は香ってなかった」といった反応が。 やはり、この日を境に金木犀を感じた人は多いようだ。 Yahoo!リアルタイム検索で「金木犀」「キンモクセイ」のツイート推移を調べてみると、おととい(9月25日)までは1日1000件ほどだったが、26日午後ごろから増加。 27日18時現在で、1日3万7000ツイートに達した。 やはり、この1日で急速に増えているようだ。 確かに今日家を出るとき初めて金木犀の香りがした。 昨日は香ってなかった。 たとえば北海道からは「咲いていません」との報告が。 また北海道から上京した人は、東京へやってきた当時を思い出して、しんみりすることもあるようだ。 金木犀の香りがトレンドに入ってますが、北海道には咲いてません — tarbo tarbo1978 ここ最近みんな一斉に「金木犀の香りがする? 実家のトイレが汲み取り式だったので自分の中では「キンモクセイ=トイレの匂い」だったけど、独り暮らしが長くなるとそういう意識が薄れてキンモクセイの香りもキライじゃなくなったかも。 — NEO SwimNeo 今の若い世代ってキンモクセイ=トイレ芳香剤って認識が無いんじゃないだろうかどうだろうか — saleki ikelas8.

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【くじら/金木犀】歌詞の意味を徹底解釈!キンモクセイの花言葉に注目して解説。

金木犀の香りが薄れて

それは、時間を巻き戻す音のようにも聴こえてきます。 遡った時間の先に見えてきたのは、愛した人の美しい姿。 「心ごと奪われて」とは、最初は彼女の美貌に惹かれたけれど、その後すっかり心まで奪われるほど愛してしまったという意味ではないでしょうか。 そして「冷たいあなた」では、二人の関係性の温度差を現しているような気がします。 「夜永唄」の幻想的な世界 この楽曲の魅力は、感情の抑制と高揚を表現するダイナミックなサウンド、美しい比喩を用いた歌詞が生み出す幻想的な世界ではないでしょうか。 秋に咲く金木犀の甘い香りには、どこか切なさを感じる人が多いそうです。 それは、公園や校庭に咲いていた金木犀の香りが子供時代の記憶を呼び起こすからかも知れません。 金木犀は「夏の終わり」や「子供時代の終わり」など、一つの時代の「終わり」を思わせる花なのでしょう。 女性のしなやかな白い指先を花びらに例えるエロティシズムには、耽美な純文学のような美的センスが感じられますよね。 時代と重なり合った「夜永唄」 リリースから1年弱が過ぎた2020年春に『夜永唄』が注目された理由には、やはり新型コロナウィルスによる外出自粛が大きく影響していると言われています。 特に若者世代に人気のTikTokに、この曲をBGMにした切ない恋物語やギターの弾き語り動画の投稿が急増しました。 その中で、失った恋人のことを思い出す人も多かったでしょう。 そんなことを考えながら、眠れない夜を過ごす若者たちの心情に『夜永唄』の歌詞が刺さったのかも知れません。 また、公式サイトで「美しき音のカオス」と表現される世界観が、出口の見えない漠然とした不安感を抱く若者たちの共感を呼んだのではないでしょうか。 バンド名の「神はサイコロを振らない」とは、物理学者アインシュタインの名言。 「自然界の物事には必ず何らかの法則がある」と考えるアインシュタインが、偶然に結果を左右される「量子力学」を批判した言葉だと言われています。 2020年のこの世界的な困難にも、偶然ではなく何らかの「理(ことわり)」があるのならば『夜永唄』のヒットも、2020年の必然だったのかも知れません。 この先、中止になった公演が再開されていくことを願いながら、神はサイコロを振らないの活躍に注目していきましょう。 TEXT 岡倉綾子.

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金木犀の香りが薄れて

歌詞 今になって答え合わせ そんなのどうでも良くて 憂いの波は寄せては返す 落ちてた吸殻はいて 地面に這った記憶を拾い集めてる 味のないクッキーコインランドリー バカみたいなハンバーガー 落書きだらけの排気管 胸が苦しい さよなら つり革を握ってるあなたの手は 温もりを忘れた 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのままもう一回 さよなら 窮屈な窓辺の端に空いた半透明 遠い誰かが私を照らしてる 埋まんない穴どうしよう なんて踏切は今日も泣いてた そんな気がした 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのまま もういっか、さよなら 作詞:くじら 描かれるのは失恋後の無気力感 「金木犀」はボカロプロデューサーの 「くじら」が2019年12月16日に 「Flower」と 「Ado」の2パターンでYouTube上に公開した楽曲。 歌詞では 「大切な人と別れた後の無気力感」が描かれており、ボーカロイドFowerの無機質な歌声も、Adoの力強さと切なさが混じった歌声も、それぞれの形でリスナーの心を貫いていく。 ではお待たせしました。 本題の歌詞を細かく見ていきましょう。 歌詞の意味・解釈 1番 今になって答え合わせ そんなのどうでも良くて 憂いの波は寄せては返す 落ちてた吸殻はいて 地面に這った記憶を拾い集めてる 主人公は部屋でうなだれ、 離れ離れになってしまった君を回想している。 「答え合わせ」は、何がいけなかったのか、何が原因でこうなってしまったのか、を自答している様子を表しているのでしょう。 しかしいくら答え合わせをしたところで君が戻ってくるわけではない。 現状は変えられないのだ。 だから 「そんなのどうでも良くて」と無理やりポジティブに流そうとする。 流すしかない。 でも悲しみが消えることはなく、気づけばまた答え合わせに戻っている。 その情景を考えると 「憂いの波は寄せては返す」という歌詞が非常に絶妙な表現だと分かる。 花言葉の「真実」「変わらぬ魅力」が悔しくも当てはまってしまう歌い出しです。 誰しもが無意識に行うであろう 「後悔の振り返り」を答え合わせと表す点は、歌い出しながらも詞のセンスを感じさせられる。 悲しみと前向きの繰り返し。 かなり共感できる点が多いのではないでしょうか。 また 吸殻と 記憶を対比させた後半の儚い歌詞も秀逸的。 味のないクッキーコインランドリー バカみたいなハンバーガー 落書きだらけの排気管 胸が苦しい さよなら つり革を握ってるあなたの手は 温もりを忘れた 上二文の歌詞は意味の深さというよりは語呂の良さを重視して横文字を並べているのでしょう。 ただ、 甘い食べ物の味を感じていない様子や 楽天的イメージが強い食べ物に対して「バカ」と言っている様子から、直接的な言葉はないのに 廃れ具合が伝わってくる。 そして主人公の感情を景色表現で間接的に伝えた後に 「胸が苦しい さよなら」という直接的な歌詞が謳われる。 感情が読めなかったリスナーも「あ…」と切なさを感じる。 やはり歌詞表現が巧みだ。 また 「つり革を握っている」は具体的な情景は読めませんが 「私の手を握っていない」という紛れもない真実を表しているのだと思います。 君に触れられていないから私は 「温もりを忘れた」のです。 サビ1 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのままもう一回 さよなら 夕日は時間が進むともに山に沈んでいきます。 それを 夕暮れと言う。 つまり 「夕暮れに置いていかないで」とは 「私を置いて明日に進まないで」という解釈ができる。 主人公の記憶の中で君は変わらぬ魅力 金木犀の花言葉 を放ち続けており、今もなお過去になんかできていないのです。 そのため 「レコードが回るあの日を」「幸せな生活も」と、君との思い出が歌詞として無造作に羅列されている。 スポンサーリンク 2番 窮屈な窓辺の端に空いた半透明 遠い誰かが私を照らしてる 埋まんない穴どうしよう なんて踏切は今日も泣いてた そんな気がした 2番では 圧倒的な孤独感が描かれている。 まず 「窮屈な窓辺に空いた半透明」は、君がいたはずの場所を示しており、いなくなったことで空いた隙間に対して寂しさを感じていることが読み取れる。 そして 「遠い誰か」とは、いつか自分の前に現れるであろう 未来の運命の人を喩えているのでしょう。 君が消えたことで心にぽっかりと空いてしまった穴(愛情)を他の誰かに求めることで救われようとしているのです。 また 「踏切は泣いてた」と絶妙な形で擬人法が使われているのですが、実は踏切には 思い切って事を起こすことといった動詞的な意味もあります。 つまり本歌詞での 踏切は一つ上の文の 他の誰かを求めることにかかっていて、それは心にもないことだから「泣いていた」という表現が繋がっているのだと思います。 深読みすればしっかり意味が伝わってきますね。 ラストサビ 夕暮れに置いてかないで レコードが回るあの日を 空は揺らいだ幸せな生活も 金木犀の匂いも私もこのまま もういっか、さよなら ラストサビでもサビ1と同じように、君がいたときのことを回想してしまう どうしようもない情景が描かれています。 しかしラスト一文の小さな変化で救われた気持ちになりました。 なんと最後は 「もう一回、さよなら」が 「もういっか、さよなら」に変わっているのです。 これは何度もさよならを繰り返した主人公が、 ようやく吹っ切れたことを示しているのだと思います。 寄せては返す憂鬱の波からようやく解放されつつあるのです。 最後の最後で、前向きになれること、どんな苦しみも時間が解決してくれることを見せてくれたのです。 感想 いかがでしょうか。 一方的な別れを経験した人にとって、主人公の心情はかなり共感できるものだったのではと思います。 それにしても花言葉の• 変わらぬ魅力 どれをとっても主人公の心情に当てはまりますね。 解釈してみると 「金木犀」というタイトルの起用に、改めて「くじら」さんの洒脱なセンスが垣間見えます。 くじらさんの楽曲は他楽曲も考察していますので時間がある方はぜひご覧ください。

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